3

「ザンザス、」
「るせえ黙れ寝ていろドカスが」
 一息にザンザスが言う。散々な言われようでも、綱重の顔から微笑みは消えない。ルッスーリアが出ていき、部屋に二人きりとなってからずっと弧を描いている唇。ザンザスが舌打ちしたり、眉間に皺を寄せる度、その笑みはどんどん深まった。食事前や食事中の、居心地の悪さはもうなく、先程とは逆に、逸らされた紅い瞳を笑んだ琥珀が執拗に追いかけていた。
「ちょっとだけこっち向いてよ」
 ぐいぐいとザンザスのシャツを引っ張る。
 ベッドに寝転ぶ綱重が、手を伸ばせば軽々触れられる位置にザンザスは居た。仏頂面で、しかしベッドサイドの椅子から動く気配はない。その事実が綱重の心をどうしようもなく擽っていた。
「ザンザス、ねえってば」
 しつこく呼びかけて、ようやく、目だけだが振り向かせることができた。視線のみで人を殺せそうなほど険しいそれに、綱重は怯むことなく笑顔を返した。
「今日はありがとう」
「……俺は何もしてねぇ」
 そう言ってまた視線を逸らそうとするザンザスの両頬を手で挟み込む。上体を起こすだけでなくベッドから足を下ろし、綱重は体ごと紅い瞳と向き合った。そして、寝ていろ、と素気無い言葉が繰り返される前に口を開く。
「ずっと傍に居てくれたんだろ」
 言葉に、視線を逸らしたのは綱重だった。恥ずかしそうに目元を染めて、俯く。
「……ルッスーリアが来たら飛び起きたのに、お前が来たときは気付かず寝続けたのは、単に、眠りが深かったからじゃない」
 ゆっくりと頬から手が離れていく。下ろした手で、何かを奮い立たせるかのように拳を握りながら、綱重はそっとザンザスに視線を合わせた。
「お前の傍は安心できるって、僕の体に染み込んでいるんだと思う。お前がいてくれたから、安心して眠っていられた」
 言うだけ言って急いでまた視線を落とす。大きく見開かれた紅い瞳が、まじまじと綱重の真っ赤に染まった耳を見つめた。
 暫しの沈黙が二人の間に流れる。次に言葉を発したのもやはり綱重で。
「どうしよう」
 泣き出しそうな声だった。はっきりと告げていたそれまでの言葉とは違い、呟くような、親とはぐれた幼児が出すならこんな声だろうと思うような、震えた声。また拳もが震え出すのを、情けないと感じつつも綱重には止めることができなかった。震える唇がもう一度言葉を紡ぐ。どうしよう、と。――衝動が抑えられない。
「綱重?」
 問いかけに、おずおずと顔を上げる。
「どうした」
「……」
「綱重」
「……っ、今すごくお前にキスしたいけど、でも、風邪が移っちゃうだろ! だからどうしようって考えてるんだよ!」
 何故か喧嘩腰で言い放つと、綱重は顔を両手で覆った。しかし十数秒待っても一向に言葉が返ってくる気配がなかったので、結局、指の隙間から真っ赤な顔と潤んだ瞳を覗かせながら口を開く。
「責任とるからしてもいい?」
「…………責任?」
 彼らしくない、どこかぼうっとした声で聞き返されても、それについて何か言う余裕もない。ただ、うん、と小さく頷く。
「ザンザスに風邪が移ったら僕が看病するからさ」
「お前が看病?」
「そうだよ」
「――つまり、俺に死ねと?」
 ニヤリと意地悪く笑うザンザスに、綱重は頬を膨らませ拳を振りかぶる。その後響いた乾いた音はもちろん、ザンザスの掌が拳を受け止めた音だ。
「それで、してもいいのか、だめなのか、どっちだよ」
 潤んだままの瞳が答えを求めて睨み付けてくる。視線の強さに、ザンザスは微かに目を眇めた。それでも何か答えることなく、綱重の手首を引き寄せ、その内側に唇をそっと押し当てる。
「熱いな」
 言葉と共に吐かれた息も充分熱っぽい。くだらないことを聞くな――暗に告げられたことを察し、綱重は目尻を下げる。
「……ん。それに、起きてからずっとドキドキしてる」
 掴まれているのとは反対の手でザンザスの手を自身の胸元に誘導する。
「わかる?」
 潤んだ瞳も。熱い体も。騒がしい心臓の音も。
 風邪の所為だというのは簡単だし、傍目から見ればそうとしか言いようがないに違いないが。
「全部、僕がザンザスのことを好きで好きで仕方がないからだよ」
 二人の間ではそれが真実であるよう、思いを込めながら綱重はザンザスの唇に触れる。
 触れた場所からお互いの熱が溢れていくようで、くらり、目眩がした。


“風邪の夢主を、(心配で苛立ちつつも)甲斐甲斐しく看病するザンザス”
リクエストありがとうございました:)


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