02

 こちらへ向かってくる男の姿を視界にいれ、綱重は足を止めた。
「スクアーロ」
 綱重の横を駆け抜けようとしていた男――スクアーロが立ち止まる。その鋭い眼は驚きに見開かれ、綱重をまじまじと見つめている。
「う゛お゛ぉい、久しぶりに聞く声じゃねえか。喋れなくなったのかと思っていたぞぉ!」
「日本にディーノが居たというのは本当か」
「無視かあ!」
 数秒の沈黙が二人の間に流れ、先に、相手に答える気がないことを悟ったスクアーロが溜め息混じりに頷いた。
「あの門外顧問の小飼いを追い詰めていたら現れたぜぇ。……すでにあんなコネを持っているとはな。お前、弟が跳ね馬と繋がっていたことを知らなかったのかぁ?」
 綱重は、スクアーロの体を上から下まで眺めると、
「怪我はしていないようだな。ディーノは黙ってお前にリングを渡したのか?」
「う゛お゛ぉい! また無視か! ったく……爆発を起こしてその隙に奪ったから、跳ね馬とは一切やり合ってねえんだ。やったのは門外顧問のところのガキと、てめえの弟、それにオマケのガキが二人。怪我なんかするわけがねえぞぉ」
「追っ手は? 誰も?」
 ピクリとスクアーロの眉が動く。
「あの甘っちょろい奴が、怪我しているガキ共を放ってくるはずがねえだろ。オレがあいつの部下ごとき撒けないと思うか? それに例え跳ね馬が追ってきたとしても、俺が捕まるわけねえだろうがぁ」
 少し不機嫌そうに言うスクアーロの手には、戦利品である小さな箱が握られていた。中身は、彼が日本から持ち帰ってきたハーフボンゴレリング。それをじっと見つめたまま黙り込んでしまった綱重に、スクアーロは首を傾げる。
「何だぁ。何か気になるのかぁ?」
「今からザンザスのところへ?」
「…………当然だろぉ」
 もう怒鳴る気にもなれないらしい。
 綱重は、箱から視線を外さぬまま言った。
「僕もついていく」

×

 これで完全なボンゴレリングが手に入ったというのに、ザンザスの表情は変わらない。いつもの不遜な顔つきで椅子に座っている。
「それでテメーは何の用だ? 呼んだ覚えはねえぞ」
 受け取ったリングボックスを開きながら、ザンザスは綱重の方に視線を向けた。と同時に、大空のリングだけを取り出すと、自身の指にはめていたそれの片割れに合わせた。一つになったリングが、ザンザスの手元で光るのを綱重はじっと見つめる。
「……完成したボンゴレリングが見たかったんだ」
 綱重の答えにザンザスの口元が歪んだ。
「そうか。いいぜ、見せてやる」
 それは、嘲りの笑いだった。
「ここに来て跪け」
 顎で自身の足元を示すザンザスに、非難の声をあげたのは、それまで黙って二人のやり取りを見ていたスクアーロだった。
「う゛お゛ぉい! ザンザス、お前それは、ンがッ!!」
 突然頭に襲ってきた衝撃に蹲るスクアーロ。その横には、彼が日本から持ち帰った大事な箱が転がっていた。
「テメーは他のカスどもにそれを渡してこい」
 何か言いたそうに口を動かす部下を紅い瞳が一瞥する。スクアーロは、気遣わしげな視線を綱重に送りつつも、指示に従い部屋を出ていった。

「どうした。綱重」
 微動だにしない綱重をザンザスは、リングが見たくないのか、と嘲笑う。
 綱重は数秒逡巡したあと、ゆっくりと歩みを寄せた。ザンザスの目前まで来ると膝を折り、頭を垂れる。差し出された手を取り、そこに唇を寄せたその瞬間、
「っ!」
 髪を引っ張りあげられ、そのまま後ろに転がされてしまった。慌てて起き上がろうとしたところを容赦ない蹴りが襲う。痛みから逃れようと俯せになるが、無理矢理仰向けにさせられ、肩を踏み押さえつけられてしまう。
「おい。俺が居ない間、これを手に入れるために随分と足掻いていたそうだな? カスらしく色々と狡い真似をしてたらしいじゃねえか」
 綱重に大空のリングを見せつけるようにしながら、ザンザスは言った。
「あっ……う、」
「その結果がこれか。どうだ、今の気分は?」
 今度は腹部にブーツが食い込む。込み上げる吐き気を堪えながら、綱重は口を開いた。
「ザン、ザス……、な、んか、嫌、な感じ……するんだ……」
「ああ?」
「指輪、手に入れたって連絡、きた、ときから、ずっと、嫌な……見たら、やっぱりなんか、おかしい気が、……ッ!」
 頭部への衝撃により意識を飛ばした綱重の体から足をどけると、ザンザスはリングを見た。

 子供の頃から、自分の物になるのだと疑いもしなかった指輪……事実、今この通りここにある。遠くから、近くから、いつも見ていた輝きそのままに。

「……」
 床でぐったりしている綱重にちらりと視線を向けたあとで、ザンザスは再度リングを見つめた。


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