紅が侘しくなる前に

 お前はいつも、まるで他が見えていないかのように俺のことを真っ直ぐに見つめるから。
 ――だから俺は。


「何度も言わせるんじゃねぇ」
 睨み付ければ、眼鏡の女の額に汗が滲んだ。一方、女の前に立つ大柄な男は、眉一つ動かさないまま尚も同じ言葉を繰り返した。
「本当に、沢田綱重は何も関わっていないんだな」
「しつけえ。テメーらだって、あいつに、んな大それたことが出来るとは思ってねえだろう」
 吐き捨てるように告げれば、男の顔に微かな安堵の表情が浮かんだ。CEDEFは綱重の父親が率いる組織だ。綱重と面識があってもおかしくはないとは思っていたが、もしかしたら個人的な付き合いもあるのかもしれない。この男があいつを助けたいと思っているならば都合が良い。都合が良い、のだが。
 二人に気がつかれないよう拳を握る。
「話はこれで終わりか」
「ああ、あとは……っと、失礼」
 男は断りを入れてから携帯電話を取り出した。律儀なものだ。テメーらの上司を瀕死の状態に追い込んだこの俺に、まだ敬意を払ってやがる。半ば呆れながら、廊下に移動する奴の顔を何とはなしに眺める。そして携帯を耳に当ててすぐ、奴の顔が青ざめたことに気がついた。
 通話はすぐに終わった。ただの報告だったのだろう。……ただの、と言える内容ではないだろうが。
「悪いが、続きはまた明日だ」
「誰か死んだのか?」
 ジジイか、家光か。どちらも生きている、とは聞いていたが、命の危険があるかどうかまでは知らされていなかった。特にあの老いぼれは、あのとき死んだと思ったぐらいだ、今まで辛うじて動いていた心臓が止まったのだと聞いても驚きはしない。クッと歪めた唇は、しかし男の表情を見てすぐに戻した。上司を惜しむ顔には見えなかった。それどころか先程安堵の表情を浮かべるまでの顔に近く。
「……綱重に、何かあったのか」
 男が目を見開く。
「言え」
 何としてでも吐かせる、そんな思いで凄んでみせた。男は数秒思案するように黙ったのち、ゆっくりと口を開いた。
「自害を図ったそうだ」
 幸い途中で看護師が気付いたため命に別状はないが、と男が続けるまで、俺は呼吸をするのを忘れた。
 は、と息を吐いて、それから強く強く拳を握る。

 奴の為か。
 お前は、奴の為ならば命だって簡単に投げ出すというのか。
 堪えきれない怒りが沸き上がる。炎が掌から噴き出してしまいそうで、歯を食い縛った。
 綱重、お前は、どれだけこの俺を怒らせれば気が済むんだ?


 最初は、八年前の怒りが未だ俺の中で渦巻いていた。綱重がこの数年ヴァリアーを動かしていたと聞いて、より怒りが強くなった。やはり綱重は知っていたのだ。俺にボンゴレの血が流れていないことを知っていて、ずっと俺を嘲笑っていた。
 だから、怒りを拳に変えて振るった。そうしていると、一時的ではあるが、綱重に対するだけのものではなく、他に向かう怒りの感情も発散されていく気がした。しかしどれだけ痛め付けても、綱重は変わらなかった。ガキの頃と変わらず、ひたすら俺の後をついてこようとする。何故だ。疑問の答えは、真っ直ぐに俺を見つめる瞳が教えてくれるようだった。
 ――でももしそうであるなら、自分がしたことは何だったのか。綱重を罵倒し、暴行を加えたその行為の意味を、結果を、考えたくはなかった。ただ傷つけただけだなんて。怒りの捌け口にしただなんて。だから考えぬようにしていたのに、綱重はそれでも俺を見るのを止めない。苛立ちが募った。考えたくないと思うこと自体、俺がそれを気にしているということだから。俺は、誰が傷つこうと気にするような弱い人間ではないはずなのに。そんなどうでもいいことに囚われているということが、許せなくて。
 それでも苛立ちを解消するためには考える必要があった。綱重が俺を見る。俺の後をついてくる。それはガキの時と同じなのに、どうしてこんなにも苛立つのか。演技だと思うからか。しかし未だ綱重が演技し続ける理由がない。どうしてお前は、俺を。
 思いもかけず、綱重の口から答えを聞くことができた。扉の向こうから、ザンザスの側にいるのは弱味があるからだと、話す声が聞こえてきたのだ。頭が真っ白になって、扉を開けて、そこに広がる光景に、更に何も考えられなくなった。
 組み敷かれた体。だが無理矢理でないことは一目瞭然だった。されるがまま、スクアーロの下で肌を曝している綱重の姿に息が止まった。ジジイと血が繋がってねえことを知ったときと同じくらい。いや、それ以上の衝撃だった。
 全て、壊してやりたいと思った。ただ衝動のまま唇を奪ったのは、その場の勢いだと思っていた。殴られて我に返り、何を馬鹿なことを、と後悔もした。けれど、どうしてだか熱に浮かされた綱重の唇に再び触れてしまった。そうして、また一つ、新たな火種が自分の中で燻りはじめたのだ。
 スクアーロの戦いを見るため、必死になる綱重に怒りを覚えた。あれだけ、俺を見る綱重に苛立っていたのに……そもそもが間違っていたのだとようやく気が付く。ガキの時と同じだなんて、そんなことはなかったのだ。
 あいつのことを訳知り顔で語る人間が現れるなんて、八年前には想像もしなかった出来事だ。
 綱重の世界は狭かった。学校にも行かず、パーティーに出席することもなく、暗殺者に怯えて過ごす日々。綱重が話をする人間なんて、入れかわりの激しい家庭教師や、ジジイをはじめとするボンゴレの幹部を除けば、俺、そして綱重の家族ぐらいだった。その家族すら遠い日本にいて、唯一イタリアにいる家光にも殆ど会うことはなくて、綱重の相手をするのは実質俺一人で。綱重には、俺しかいなかったのに。俺だけを見て、俺の後だけをついてきていたのに。
 今のあいつは、違う。
 この八年で交流を持った人間は跳ね馬だけじゃないだろう。あの部下どもですら、皆、どこか綱重のことを気にかけている。綱重にあからさまな敵意を向けるレヴィ以外、俺の不興を買わないようにと隠してはいたが、ヴァリアーの中に綱重の居場所があることに気がつかないはずがなかった。それは周りが作った一方的なものではなく、綱重自身があいつらを求めた結果だということも、見れば分かった。

 ――僕を遠ざけないで欲しい
 ――お前が10代目になるのを手伝いたい
 ――僕のために

 嘘つけ。カス鮫の望みを叶えてやりたかったんだろうが。だから俺に殴られてまでずっと近くにいた。
 そしてこの上、綱重は、スクアーロの為に命を投げ出そうとしている。


「おい!? 何を……」
 酷く焦った声の後半は、爆発音によって掻き消された。殴ったベッドサイドモニタは派手な音を立てて壁に激突して割れ、中からバチバチッと火花を散らせている。みるみるうちに室内に煙が立ち込めた。火災報知器が鳴り響く中、体に繋がる幾つもの管を引きちぎる。
「や、やめなさいっ」
「るせぇっ!」
「きゃっ」
 吹っ飛ばした女が床に倒れ込むのと同時に、銃口が俺に向けられた。
「……撃ちたきゃ撃てよ」
 銃を手にした男は、険しい表情で俺を睨む。しかし引き金を引く様子はない。複数の気配がこちらに近づいてくるのに気づき、俺は急いで扉へと向かった。
 だが、体が思うように動かない。ベッドから降りただけでふらついて、男に支えられてしまった。
「どこに行くつもりだ」
「……どこにいる」
 聞き返すと、俺の背中に回っていた手がぴくりと動いた。
「あいつは、どこに」
 会わなきゃならない。あの馬鹿に。
 会って、それで。
 ――俺はどうするつもりなんだ?
「っ、一体これは……」
「何をしているんです!?」
 扉が開く音がして、次いで悲鳴じみた医師や看護師の声が聞こえてくる。
「放せ……っ」
 一斉に伸びてくる手から身を捩って逃れる。綱重のあの弱々しい炎ほどのものすら、今の俺には灯すことができない。


 どうしてテメーはいつもそうなんだ。初めて会ったときから、ずっと、俺を苛立たせる。
 ずっと、ずっと、俺を見ていたくせに

 どうして、今、お前が命を賭する理由が“俺”じゃないんだ

「……っ綱重に、会わせろって、言ってんだろうが!」

 どうするかどうしたいかなんてわからねえ

 今はただ
 お前に会いたい


“ザンザスはいつから夢主が好きなのかをザンザス視点で”
“リング戦〜付き合うまでのザンザスの心の動き”
リクエストありがとうございました:)



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