ツっ君と僕2

「いけ〜! じゃどーしゅー!」
 幼児特有の高い声は、ここ二階にまでよく響いてくる。
「……ランボのやつ、朝っぱらからうるさいなあ……」
 毎日が日曜日なやつはいいよな。でもオレには週に一度しか日曜日はこないんだから、少しは気を遣ってくれよ。布団を引き寄せ、頭から被る。しかし数秒しない内にまた顔を出すことになった。
「あ〜オレのバカ! 何で目覚ましかけたんだ!」
 いつもの癖で寝る前にセットしてしまったらしい。叩くようにして目覚まし時計のスイッチを切る。もう一度布団に戻ろうとして、はたと気がついた。
「そうだ、今日は京子ちゃんと……!」
 慌ててベッドから抜け出す。
 先日、オレとのゲームに勝った兄さんが告げた罰ゲームは、『京子ちゃんをデートに誘うこと』だった。それは無理だ他のにしてくれと頼んだのに、命令は絶対だと兄さんは取り消さなくて。加えて側にいたリボーンが、ちゃんと命令を遂行するか俺が見張っててやるとまで言い出した。嫌がるオレにリボーンは言った。「“誘う”というのが命令だ、断られても良いんだから行ってこい」と。
 良いわけねーだろ!断られたらショックで立ち直れねーよ!――という文句は、いつものように向けられた銃口によって遮られた。もうどうにでもなれ、そんな気分で、自棄になりながら、オレは京子ちゃんを誘った。
 そうしたら!
 何と!
 オッケーをもらえたんだ!!!……まあ、でも、何やかんやあって、いつものメンバーもついてくることになっちゃったんだけど……。それでも京子ちゃんと出掛けられるということに変わりはない。早く朝飯食べて準備しないと!急いで階段を駆け降りるが、
「サムライジャーなんかやっつけろーっ!」
 そんな声が聞こえてきて、足を止める。先程よりも明らかに声がでかい。近付いたからというだけではなく、ランボが興奮しているのがよくわかる。はしゃぎすぎて手榴弾とか投げなきゃいいけど……。
 これじゃ落ち着いて朝食がとれないじゃないか、と溜め息を吐くオレの耳に、ランボの高い声とは全然違う落ち着いた声が届いた。
「どうしてサムライジャーじゃなくて、敵の邪道衆の応援ばかりするんだ?」
「ランボさんは“じゃどーしゅー”の方が好きなんだもんねっ」
 居間を覗き込むと、ランボが兄さんの前で悪そうな顔を作っていた。
「サムライジャー、今日がキサマらの最期の日となるのだ!ガハハハ!」
 多分、悪役の真似なのだろう。今日も変わらずアホ丸出しだ……。兄さん、無理にランボに付き合わなくてもいいんだよ。しかし、オレが声をかけるよりも先に、兄さんは真剣な様子でランボの目を見つめた。
「サムライジャーは地球の平和を守ってくれてるんだぞ。そんな彼らが負けたら、みんな死んじゃって、ランボももう母さんのご飯を食べられなくなるんだよ。それでもいいのか?」
「えっ」
 絶句するランボの髪にポンポンと手を乗せる兄さん。
「ほら、一緒にサムライジャーを応援しよう」
 優しい声で言いながら、ランボを抱えあげる。兄さんの腕の中で、あんなに興奮して騒いでいたのが嘘のように大人しくなったランボは、こくりと頷いてテレビに集中しはじめた。
 その様子に、ふと、昔こうして兄さんと一緒に特撮番組を見たことがあるのを思い出した。あのときのヒーローの名前は何だっけ。あんなに好きだったのに思い出せない……将来の夢は巨大ロボだと作文に書くくらい、大好きだったのに。あのとき隣にいたはずの兄さんの顔も、朧気だ。
 兄さんと過ごせた時間は僅かだ。だからこそ、そのひとつひとつが楽しい思い出で、大切なのに――。
『おのれ邪道衆! この世の平和は俺たちが絶対に守る!』
「頑張れー! サムライレッド!」
「――は?」
 兄さんが、さっきのランボと同じ……いやそれ以上の大声で叫んだ。
『業火大太刀! 邪道殲滅!』
 テレビの中で、攻撃を受け爆発する怪物。
「よし!」
 ガッツポーズをする兄さん。だが、やられたはずの怪物は巨大な姿となって復活する。
「この野郎、まだやるのか! 大きくなったってサムライジャーは負けないぞ!」
「ぐぴゃっ!」
 鈍い音がランボの悲鳴と重なる。ガッツポーズして高く掲げられていた拳がランボに向かって振られた気がするが、同時に兄さんが立ち上がったためによくは見えなかった。
「あら、ツナ。どうしたの、今日は早起きね」
「か、母さん……兄さんが……」
 連続して聞こえてくる鈍い音と、ぐぴゃっ、ぐぴゃっ、という悲鳴。そちらを見ることは出来なかったが、何とか震える指先を向ける。母さんは、ああ、といつもの暢気な笑顔を浮かべて口を開いた。
「昔からお兄ちゃんはヒーロー物になると夢中になっちゃうのよね。覚えてない? ツナもああして仲良く一緒に見てたじゃない」
 そ、そういえば……。

 ――に、にーちゃ、く、苦し……

 ハッとして二人の方を見る。
 首を絞められ、ブクブクと泡を吹いているランボの姿に青ざめた。
「に、兄さん、ランボが死んじゃうってー!」
 あのときのことだけは、忘れたままでいたかった。
 オレは半泣きになりながら、兄さんに駆け寄った。


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