3

「そこで何してやがる」
 唸るような声に、部屋の空気が凍りついた。紅い瞳が普段の数倍の鋭さで、綱重と、その前に並んだ空の食器を見下ろしていた。ザンザスの視界から外れるためであろう、ヴァリアーの幹部たちがそっと己から離れていくのを薄情者どもめと心の中で罵る。さっきの感謝を取り消したい。
「……お腹が減ってたから、つい」
「あぁ?」
 引き攣りそうになるのを堪え微笑んで、わざと明るい声で言ってみたのだがまったくの逆効果だったようだ。更に低くなった声音にいよいよ頬を引き攣らせた綱重は、慌てて横に視線を移す。
「たっ、食べていけって皆が言うから……」
「おいっ、何でオレを見てんだ!? オレは関係ないだろ!」
 視線を受けたベルが悲鳴じみた非難の声をあげるのと同時に、怒りの炎が灯った紅い瞳が綱重の視線を追うようにしてベルを捉えた。これにはヴァリアーきっての天才との呼び声が高い最年少幹部と言えど、動揺を隠せない。待って、ボス、違うって、と焦った様子で、綱重の腕を引く。
「わっ」
 無理矢理椅子から立ち上がらせられた綱重は、体勢を整える間もなくドンと背中を押されて、前につんのめった。
 勿論その行く先にはザンザスが居る。
 ヴァリアー幹部たちは、皆、綱重が床に倒れ込む……いや、ザンザスによって叩きつけられるだろうと思っていた。スクアーロに至っては、支えようと手を伸ばしかけていたほどだ。しかし、周囲の予想に反し、ザンザスは綱重を受け止めた。それも、まるで壊れ物を扱うかのような丁寧さで彼の体を抱え込んだのだ。
「飯を食う為にここに来たのか」
 細い腰に手を回したまま、ザンザスは問いかける。綱重は軽く首を傾げてみせた。
「……そう、思うの?」
 上目遣いで問い返せば、返ってきた答えは是でも否でもなく。
「っ、」
 ――強引な口付けだった。それも唇を合わせてすぐ離れる優しいものではなく、息苦しくなるような深い口付け。
「ん、ふ……っは、」
 角度を変え、何度も何度も貪られる。
 逃げようにもがっしりと腰と後頭部を押さえられていて叶わない。無駄だと分かっていて繰り返していた身動ぎでさえ、口腔内を舐められる度、抵抗する気持ちまで絡めとられていくようで次第に困難になる。綱重の体から力が抜けていくのを感じ、ザンザスはようやく満足したのか、唇を離した。
「……こんな、いきなり……っ!」
 真っ赤な顔をして綱重は声を荒らげる。しかしザンザスは動じた様子もなく、それどころか淡々とした口調で、
「テメーが物欲しそうな顔していたからだ」
 と言ってのけた。
「なっ」
「自覚あんだろ」
 完熟トマトの方がよほど青いのではと思うほど真っ赤になった頬の上を、不遜な言葉に似合わない優しい動きで、ザンザスの手が滑る。
「も、帰る……っ」
 腕の中から抜け出そうとするのだが、力で敵うはずもない。
「帰すと思うのか?」
 そんな言葉と共に再び唇が近付いてきて、綱重は慌てて自身の唇を手で押さえた。衆人環視でのあんなキス、一度味わえば十分だ。真っ赤な顔をしてこちらを睨み付けてくる綱重を数秒見つめたあと、ザンザスは部屋の隅にいる部下たちに視線を向けた。
「――とっとと失せろ、ドカスどもが」
「バカ! 僕らが部屋に行けばいいだろ!」
 怒鳴り、綱重はザンザスの腕を引いた。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。ごちそうさま、と早口で礼を言いつつ、廊下に歩を進める。ザンザスは、眉を顰めつつ、けれど文句を言うこともなく、そんな綱重に大人しく従った。



 一方、部屋に残された面々は。
「う゛お゛ぉい……なんだぁ、今の……?」
 二人が部屋を出て数分が経った後、スクアーロが普段からは信じられないほどの弱々しい声で呟いた。硬直していた他の幹部たちが一斉に我に返るが、答えられるものはいない。
 数十秒の沈黙が流れたあと、
「わかった。マーモンがオレたちに幻術かけたんだ」
 ぽつり、ベルフェゴールの零した言葉に、室内が一気に沸き立った。
「はは、そうか、幻術か! やはりな、俺も途中からそうじゃないかと思っていたんだ!」
「もうっ、イタズラっ子なんだから〜」
「う゛お゛ぉい! 本気で焦ったぞお!」
 幻術などかけていない。四人も本当はそんなこと分かっているはずだ。だがマーモンも、先程の光景が現実にあったとはとても思えなかったので、同僚たちの現実逃避に付き合うことにした。
「自分の幻術にかかるなんて僕も焼きが回ったよ」

 最強の暗殺部隊ヴァリアーは、この日以降、バカップルに悩まされ続けることとなる。

“争奪戦後、夢主が初めてヴァリアーの前で子供っぽい口調で話したときの話”
リクエストありがとうございました:)



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