2

「美味しい……」
 食後のエスプレッソを口に含み、綱重は呟いた。ルッスーリアがにこりと笑う。
「あら、綱重がそう言ってくれるのって初めてじゃない?」
「コーヒーって誰が淹れても美味しいものだと思ってた」
 コーヒーだけではない。食事を作る大変さも、洗濯の仕方も、自分でやるまでは何も知らなかった。美味しくて当たり前で、服は毎日綺麗な物が用意されていて、だから当たり前に、それらに対する感謝の念が浮かぶはずもなくて。
 ふふっとルッスーリアは更に笑みを深くする。
「美味しいコーヒーを淹れるコツはね、」
「知ってる」
 眼鏡をかけた同僚女性の顔を思い出しながら、教えてもらったから、と言葉を続けた。
「でも、やっても、味も香りもこんな風にならないんだ」
 手本として彼女の淹れてくれたものとこれの味はよく似ている。きっとやり方はそう変わらないはず。まさか、女性が淹れたからか?いやでも性差が出るならばルッスーリアは生物学上は男だし。
「それ、“やった”つもりで“出来てない”んじゃねーの」
 半ば真剣に考えていたというのに、横から口を挟まれて――しかも自分でも薄々そうじゃないかと思っていたことを言われ、腹が立った。
「ベルには関係ないだろ、僕は今ルッスーリアと話し……、……何してるんだ?」
 膨らませた頬をむにっと摘ままれて、一層の不快を示す。しかしベルがそれで謝ってくるはずもなく、寧ろ指に力を込められた上、横に引っ張られてしまった。
「お前、本当に綱重か?」
「はあ?」
「なんかすっげーガキくさい」
 軽く眉を上げて、綱重はベル以外の表情を窺った。皆、同意見らしい。ガキくさい、という言い方は気に入らないけれど、思い当たる部分はあった。ここまで戸惑われるとは思わなかったけれど。
「前の方が良いなら、そうする」
 いつまでも頬を引っ張っている手を振り払いつつ言えば、別にそのままでもいいけど、とベルが苛立たしげに答える。
「何なんだよ、急に」
「……お前たちはもう、僕に10代目になる気はないって知ってるじゃないか。だから“10代目候補らしく”振る舞う理由はないと思って」
 それを聞いて、皆、どう言葉を返せばいいのか困っているようだった。ザンザスとの関係を話すのなら今がチャンスかもしれないと綱重は考える。どう切り出そうか、そもそも勝手に話しても大丈夫だろうか、そんなことを思案していると、ゴホン、という咳払いが室内に響き渡った。今までずっと部屋の隅にいながら黙っていたレヴィが皆の注目を受けながらゆっくりと口を開いた。
「俺は、ずっとお前のことを誤解していた。不相応にも10代目の座を狙う愚か者だと。だが、争奪戦の後で、そうではなかったと聞いた。ボスの為にというお前の行動、俺は敬意を表すぞ」
「それを言おうと思って今までずっとタイミングを窺っていたのかい?」
 呆れたようにマーモンが言う。カッと顔を赤くしたレヴィが小さな体に掴みかかろうとするが、綱重の言葉がそれを止めた。
「嬉しいよ、レヴィ」
 純粋にザンザスという男を尊敬し、彼がドン・ボンゴレの座に上り詰めることを願っていたのはこの中では唯一レヴィだけだろう。それを知っているからこそ、最高の褒め言葉だと思った。レヴィの顔が一層赤くなるのを綱重が不思議に思う間もなく、他の面々が口を開き出す。
「大体、何で最初に言わなかったんだぁ」
「そうよ、そうしたらもっと早くに仲良くなれていたはずなのに。協力だってしたわよ!」
「マーモンには話してたらしいじゃん?」
 矢継ぎ早にあちこちから飛んでくる言葉に肩を竦める。
「お前たちが僕なんかに素直に従っていれば、それだけで疑われたはずだ。その点マーモンは、金を渡したんだなって周りは理解するだろ? だから、信用してなかったとかそういうことじゃなくて。寧ろ自分でもびっくりするくらい、お前たちに気を許してたんだぞ」
「嘘つけ」
 間髪入れないベルの言葉に、綱重は小さく笑う。嘘じゃないよ、と、五人の顔をぐるりと見回した。
「短い間だったけど皆の側にいられて、楽しかった。――ありがとう」
 そう言って微笑む綱重に再び室内が静まり返る。暗殺者である彼らが、感謝の言葉を送られることに慣れているはずもなかった。そんな何とも言いがたい雰囲気と沈黙を壊し、何か変なことを言っただろうかという綱重の不安をかき消したのは、小さな電子音だった。
「――あ、ごめん。電話だ」
『どこにいる』
 また、もしもしを言わせてはもらえなかった。誰からか確認もせずに携帯電話を耳に当てた瞬間だった。感情を押し殺したような低音が耳に届いて、綱重は自分が何をしにここに来たのか、ようやく思い出した。
「誰からだぁ?」
 通話が切れる。
 さっと青ざめた綱重の様子を不審に思ったのだろう。気にかけてくれたのだとわかるし、それは嬉しいのだが、スクアーロの大きな声は、確実に電話の向こうに届いてしまったようだ。


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