01

「綱重」
 声と共に、小さな人影が現れた。顔半分が隠れるほど深くフードを被ったその小さな体は、赤ん坊と呼ぶに相応しい。しかし可愛らしい外見と声にはそぐわない、落ち着いた調子で、赤ん坊は続けた。
「スクアーロがリングを手に入れたそうだよ」
「……そうらしいな」
 綱重は、手元の書類からちらとも視線を外さずに頷いた。
「耳が早いね」
「さっきザンザスから聞いた」
 綱重の言葉に数秒の沈黙を返したあとで、赤ん坊は、わからないな、と呟くように言った。
 言葉の意図を図りかねた綱重が顔をあげると、すかさず言葉が付け加えられる。
「君とボスの関係だよ」
 机の上に書類が置かれる。
「どういう意味だ、マーモン」
「なぜボスは君を殺さないんだろうって思ってね」
「…………それ、本人を前にして言うことか?」
 少し脱力した様子で言ったあと、綱重は自嘲の笑みを浮かべた。
「殺す価値もないと思ってるんだろう」
「けれど君はこの数年間、ヴァリアーのボスとして僕らをまとめてきたじゃないか。しかも、10代目は君しかいないと言われるほどにその働きは評価されていた」
「結局、候補からも外されたがな」
「……だが一時期、君を10代目にする動きがあったことは事実だ」
「別に、奴らは僕の力を認めていた訳じゃない」
 自分を担ぎ上げようとしていた連中に、思惑があることはわかっていた。力のない子供をトップに座らせ、上手く抱き込んで、甘い汁をすすろうという昔からよくある手法だ。
 まさか候補から外されるほど力がないとは思わなかったのだろうな、と益々深くなる綱重の笑みを、マーモンは静かに見つめた。
「本来、ボスは抜かりないよ。それなのに、君を信頼しているわけでもなさそうなのに、何故、生かしているんだろう?」
「だから本人に聞くなって、そんなこと。殺されればいいって言いたいのか?」
 そう言ってクスクスと笑う、一ヶ月前までは自身の上司だった男にマーモンは更に問いかける。
「後継者に弟が選ばれた上、有力候補が復帰したというのに、なぜそう笑っていられるんだい。せっかく上り詰めた地位も奪われたというのに」
「候補から外されたとき、色々と諦めたからな。もう誰が10代目になろうとどうでもいいし、自分の出世にも興味ない」
「嘘だね。君の目は、諦めた人間の目じゃないよ」
 ぴしゃりと言い放たれた言葉に、綱重の顔から笑みが消える。
 すっと細められた琥珀色の瞳が、目の前の赤ん坊を探るように見つめた。
「……知ってどうする? 口止め料をせびる気か」
「そんなのいらないよ。誰かにベラベラ喋る気もないし、邪魔をする気もない。ただ知りたいだけさ、君が何を企んでいるのかを」
「ただ知りたいだけ、だって?」
 思いもよらない言葉を聞き、吹き出す。これ以上、この貪欲なアルコバレーノに似合わない言葉はあるだろうか?
「僕にだって好奇心くらいあるよ」
「へえ?」
「それに君のことはなかなか気に入っているからね。場合に寄っては、手を貸してもいい――特別料金でね」
 最後の言葉を聞いて、結局それか、と綱重は笑みを浮かべる。

「……裏切りは無しだぞ、マーモン」
「もちろん」
 綱重はしかし、すぐに話そうとはしなかった。きつく引き締められた唇は開く気配がなく、綱重自身がそれに戸惑いの表情を浮かべる。マーモンは焦れた様子も見せずに、無意識下で葛藤しているらしい綱重が落ち着くのを待った。
 唇を指がなぞりあげた。そうすることでやっと薄く開いた唇から、弱々しく吐息を漏らす。何度かそれを繰り返してから、綱重は、ようやく言葉を発した。
「まず……期待に添えなくて悪いが、僕は何も企んじゃいない。そしてお前の言う通り、目標を諦めた訳でもない。ただ、ただ僕は、」

 ――最初から、ボンゴレのボスになる気なんてなかったんだ。

 動揺など滅多に見せない赤ん坊が息を飲むのが聞こえて、綱重は満足そうに微笑んだ。


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