6

 どうしようもない気まずさに、落ち着きなく指が唇を何度もなぞる。そうしながら、何か話さなければ、と必死に話題を探している自分を綱重は不思議に思った。上手く話せないのは、通話がボンゴレの監視下に置かれているからだとか、ザンザスに想いを告げたあの日以来初めて話すからだとか、色々と理由は思い付くけれどどれも違う気がした。
 何だろう、と更に数秒考えて、不意に気がつく。
「僕たち、電話で話すの、初めてなんだ」
「……そうだったか?」
「うん。絶対そう」
 確信を持って頷き、そういえば、と続けた。
「昔、僕がこうやって日本に行かされたとき、そっちに電話しても出てくれなかったよな」
 子供の頃には、この家にもよく戻っていたのだ。時には母さんと弟と遊んでこいと言われ一人で。時には、家族水入らずで過ごそうと父と一緒に。そんな風に家族と過ごす平穏な時間はけして嫌いではなかったけれど、どうしても不意にイタリアが、ザンザスが、恋しくなってしまい、よく電話をかけていた。望んだ人間が電話口に立つことは結局一度もなかったけれど。
 尖らせた唇が姿の見えない相手にも伝わるよう目一杯拗ねた声音で言えば、当時のことを覚えているのかいないのか、ああ、と曖昧な相槌が返ってくる。綱重は少しムッとして、責めるような口調で続けた。
「毎日のように電話したのに」
「すぐ帰ってくるのに、一々電話してくるテメーの方がおかしいんだ」
 眉間に皺を寄せた様子が伝わってくるような声音だった。だが、綱重が思わず息をのんだのは、それが理由ではなかった。
 ――電話なんか必要もないほど傍にいた。
 ――離れてもすぐにまた会えると解っていた。
 そんなあの頃とは、まるで違う今を、改めて思い知ったのだ。次はいつ会えるのか……いや、次があるのかもわからない。
 唇を噛み締めかける綱重だが、まるでその動きが見えていたかのようなタイミングでザンザスが口を開いた。
「時間が出来たら、また、行くか?」
「え……?」
「本当に泳げるのか見せてみろ」
 綱重の長い睫毛がパチパチと何度も上下する。数秒の後、何を言われたのか理解すると、綱重はまるで小さな子供のように歓声をあげた。
「うん、うん! 行きたい! 海に入ったあと、遊園地にも行こうね! ジェットコースターには絶対に乗りたいし、それからあと観覧車にも!」
「……ガキ」
 呆れた声で言われ、綱重は頬を膨らます。そして、どうせ成長してないよ、と拗ねた声で返すつもりだった。けれど。
「いつ、行けるのかな」
 言葉が、震えながらもするりと口から零れ落ちていった。
 違う。こんなこと言うつもりじゃなかった。口を押さえるが、もう遅い。
「不安か」
「っ、不安、っていうか……」
 もごもごと口の中で不明瞭な言葉を転がす。はっきりしない綱重に焦れたザンザスは、畳み掛けるようにして言った。
「いつになるか分かんねえのに、待てねえか」
「そんなわけないだろ!」
 即座に返ってきた否定の言葉を聞いて、ザンザスは、綱重に悟られぬよう小さく息を吐く。
「例え、また、八年待つことになったって、へ、平気だもん……」
「泣くな」
「泣いてないっ」
 声の後に、ぐすっと鼻をすする音が続く。だがそれを指摘すれば、泣いてなんかいないと騒ぎ立てるに違いないと思ったザンザスは、“泣いてんじゃねえか”という言葉をすんでのところで飲み込んだ。代わりに、名前を呼んでやる。
「綱重」
 それだけで、綱重が落ち着くということをザンザスは知っていた。
 もう一度だけ鼻をすする音が聞こえ、数秒の沈黙。そのあとでぽつりぽつりと小さな声が言葉を紡ぎはじめた。

×

「またそんなに買ってきて」
 帰ってくる時間が解っていたかのような絶妙なタイミングで、綱重は玄関で母を出迎えた。一緒に出掛けたはずの赤ん坊の姿はなく、奈々は一人でたくさんの荷物を抱えていた。
「ほら、貸して」
 荷物に手が伸ばされる。けれど触れる前に、まるでそれを遮るかのように穏やかな声が綱重に向かって発せられた。
「――お友達と話して、早く向こうに帰りたくなった?」
 突然の問いに、父親譲りの、色素の薄い瞳がほんの僅か見開かれる。しかしそんな微かな驚きの感情も、すぐにまた浮かべられた笑みによってかき消される。
「暫くはこっちにいるって言っただろ?」
 綱重が改めて荷物に手を伸ばすが、奈々はひょいとそれをかわした。
「無理しなくていいのよ。子供はいつか家を出ていく、それが当たり前なんだから」
 奈々はそのままリビングへと足を向けた。いつも相手の目をしっかりと見ながら話す母らしくない行動に、綱重は眉を寄せる。いつも通りの明るい声音が余計に違和感を覚えた。
「特に、あのお父さんの子供だしね。綱重が産まれたときから覚悟は出来てたわ」
「……母さん?」
 呼びかけに、奈々はくるりと振り返って。
「気付いていないかもしれないけどね。綱重、あなた、帰ってきてからまだ“ただいま”って一度も言っていないのよ」
 どこか寂しげな微笑みを浮かべた母の言葉に、綱重は今度こそしっかりと目を見開いていた。


「俺も家光も、ママンには何も言ってねーからな」
 呆然と立ち竦んでいた綱重は、突然後ろから声をかけられ、肩を大きく揺らした。そして綱重が振り返るよりも先に、声の主である赤ん坊は綱重の足元にまで歩みを寄せる。
「母親ってのは強えな」
 リボーンが、感嘆のこもった声で言った。
「子供の笑顔が本物かそうじゃないかぐらい簡単に見破れるし、お前が心底笑える場所が別にあるならそれが一番だと、迷いなく背中を押してやれる」
「……」
「ちなみに父親だって同じ気持ちのはずだぞ」
「……っ、うるさいな。黙れよ」
 これではまるで、小さな子供が駄々をこねているようだ。わかっていても、綱重は真っ直ぐに見上げてくるリボーンの視線から逃れるように、そっぽを向いた。羞恥や悔しさからだろう、赤く染まった綱重の頬を、リボーンは、いきなりその小さな掌でひっぱたいた。
「なっ、なにす、」
 軽くよろけたものの何とか堪える。が、間髪入れず反対側の頬も叩かれ、たまらず床に尻餅をつく。
「手伝いぐらいしてこい。ママンは、お前の為に今日もご馳走をたくさん作る気なんだからな」
 最後に額にもベチンと一発食らわせると、リボーンは飄々とした足取りで再び外へと歩を運んだ。


prev top next

[bookmark]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -