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「っ、本気で綱吉に決めたということですか? 他の、他の人間には、継がせる気はないと……?」
 必死に抑えようとしたものの、どうしても声が震えてしまい、まるで懇願しているような響きだった。そんな綱重の問いにも、9代目は淡々と返した。
「君の言った通り、私の甥たちはすでにいない。私も家光も随分と悩んだのだ、日本で平和に暮らす彼をこの世界に引き込んでよいものかどうか。しかし他に候補者がおらぬ今、」
 大きな音を立てて、綱重が椅子から立ち上がる。
「……確かに、10代目の就任を急がなければなりませんね。暫く会わぬ間に随分と耄碌なされたようだ」
「綱重!」
 父・家光の咎める声に綱重が返したのは、謝罪でも更なる無礼な言葉でもなかった。
 ジュッ…。
 焦げくさい臭いと煙が綱重の足元から漂う。
 綱重が履くブーツには、視認するのがやっとなほど微かな炎が灯り、床を燃やしていた。

×

「お疲れさま! 10・代・目っ」
 出迎えてくれたのはエプロン姿のルッスーリアで、腕を引かれるまま歩いた先には、
「先に祝杯をあげさせてもらってるぞぉ!」
 ヴァリアー幹部が勢揃いして、豪華な食事と酒に舌鼓をうっていた。その光景に綱重は小さく息を吐く。自分が何も言わなくとも、綱重が候補から外れ、後継者には日本にいる綱重の弟が選ばれたという情報を彼らはすぐ手に入れるだろう。だが、告げないわけにはいかない。
「……10代目にはなれなかった」
 ピタリと動きを止めるヴァリアーの幹部たち。初めに、レヴィがニヤリと笑みを浮かべた。
「う゛お゛ぉい! なに嬉しそうな顔してんだ!」
 スクアーロの拳がレヴィの腹にめり込む。
「ベルの所為だね」
「あ? なんで王子の所為なんだよ、マーモン」
「ベルが遊びすぎた所為で、現場から車に乗ったときにはもう遅刻確実だったじゃないか。どうせ幹部連中がすでに居なかったんだろう?」
「ああ、それで話は後日ってことになっちゃったのね。あいつら本当に意地が悪いんだからっ!」
 踏んづけてやりたいわ!と憤るルッスーリア。
 綱重は、面々を一度見渡したあと小さく溜め息をつき、それからようやく言い直した。
「僕は10代目候補から外されて、別の人間が後継者に指名されたんだ」
 ぽかんと口を開けたまま動きを止めた五人の横を通り、廊下に出る。しかし途中でふと何かに気付いた様子で一度振り返り、
「ヴァリアー全員に自室待機を命ずる。他の隊員にも勝手な行動は慎むよう伝えてくれ」
 そして自室へと足を向けた。後ろからレヴィの歓喜の声と、加えて鈍い音が聞こえてきたが、もう振り返ることはしなかった。

 自室の扉を後ろ手で閉めると、綱重はその場に座り込む。
 気に入らない男が候補から外れたものの次はその弟が後継者に選ばれたと知ったら、レヴィはすぐにでも日本に飛んでいきそうだ。だが動くなと命令しておいたし、無視して出掛けようものならスクアーロあたりが力ずくで止めてくれるだろう。その騒ぎを想像して、思わず笑みを零す。
 あれほど個性的な人間たちに囲まれて、一体『彼』はどんな顔で過ごしていたのだろう?想像がつかないのは、彼と会うときはいつも二人きりだったからだ。彼は誰も寄せ付けようとはせず、気に入らないことがあればすぐに手を出して、口を開けば人を蔑む言葉ばかり。それでも時には、隣にいることを許してくれた。
 ――顔をあげる。室内は沈みかけた太陽の光で、天井も壁も調度品も、燃えるような赤に染まっていた。赤。彼の、瞳の色だ。
(テメーも知っていたんだろう! お前みたいな出来損ないのカスが、ずっとこの俺を騙していたのか!!)
 怒りの炎を瞳と手に宿した男に、訳がわからず戸惑うだけの自分。咆哮のような怒りの言葉と炎に、気づけば意識を失っていた。
 それが綱重にとって、彼……ザンザスと過ごした最後の記憶だ。
「本当、出来損ない、だよな」
 明日になったら、また別の手段を考えることにしよう。大丈夫、他にも方法はある。けれど、これが一番確実な計画だと思っていたのは確かだ。そのために7年前のあの日から、努力してきた。失望と落胆の念は隠せない。
「……ごめん、ザンザス」
 もう少しだけ、待っていてくれるか。
 必ず君を、誰よりもボンゴレ10代目に相応しい君を、君の相応しい場所に押し上げてみせるから。
 だから、今日だけは。

 立てた膝を抱え込み、そこに顔を伏せると、綱重は小さな嗚咽を漏らしはじめた。


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