君がいるから笑えるよ

 ザンザス、と少年特有の高い声が名前を呼ぶ。
「ねえ、待ってよ」
 振り返ることなく足を進めれば少し焦れたような声が言った。
 それでも無視を続ければカツカツと床を蹴る音がして、腕を掴まれた。
「ザンザスってば! こっち向けって!」
 ぐいっと強く引っ張られた先には、水滴を溜め揺らぐ琥珀色の瞳が、きつくこちらを睨みあげていた。思わず眉を顰めれば、慌てた様子で目元を擦る。
「っ、ザンザスが無視するから……」
 言い訳めいた口調が説明するが、それは嘘だ。俺の後を追ってくるその前から、涙が溢れそうだったことを知っている。


 食事会、なんて誰が言い出したのか――そんなの考えるまでもなくあの分家のカスどもの誰かだ。もちろん無視する気でいたし、いつも俺にまとわりついているカスもそうだろうと思っていた。
 俺は忘れていたのだ。
 奴が驚くほど馬鹿だということを。
 今まで散々己の命を狙ってきたのはボンゴレ外部の組織だけだと、思っているわけではないだろうに……いや、奴のことだから分からないが(何せ馬鹿だからな)。ともかく、もし奴が毒殺でもされて、その場にいなかったという理由で有らぬ疑いをかけられては堪らない。仕方なく足を運んでみれば、勘違いしたドカスどもが席を勧めてきたので殴り飛ばしてやった。何でこの俺がお前らみたいなドカスと飯を食わなきゃなんねえんだ。
「てめーらがボス候補だなんて聞いて呆れるな」
 やはり9代目直系のこの俺以外に10代目に相応しい人間はいない。床に倒れ、呻き声をあげている奴等に更に蹴りを加えながら、改めて思う。
「……ザン、ザス……」
 呆然とした声に振り向けば、涙を溜めた瞳が、こちらを見ていた。


「……気になるなら一人で戻ればいいだろうが」
 苛立ちを抑えきれずに言えば、きょとんと首を傾げる。それも本当に何を言われているのか分からないといった表情で。
 その時ようやく気がついた。
 ああ、もしかしたら泣き出しそうになっていたのは、俺が来るずっと前からだったのかもしれない、と。
 ――だから、無視すりゃあよかったんだ。
 一番ボンゴレの血が薄く、才能もねぇお前が、見下されるのは分かりきったことじゃねえか。
 それなのに。
「えと、よくわかんないけど、とりあえず次はもっと早く来てね」
 涙を拭って、何事もなかったかのような顔でお前が笑うから。
「次なんかねえよ」
 あのまま三人とも息の根を止めてやればよかった、と何となく思った。


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