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 ――頭を打って気絶すれば良かったのに。
 驚愕の表情を浮かべるスクアーロの横で朗らかに笑っているディーノを見、そんな不穏なことを考える。斜め後方に立つザンザスがどんな顔をしているかは見なくても解ったが、体の後ろで掴まれている腕を強く握られて、振り返らざるを得なかった。思った通り、きつく寄せられている眉に軽く肩を竦めてみせる。
 僕らの関係を確実に知っているのは今のところスクアーロをはじめとするヴァリアーの幹部たちだけだ。堂々と公表するつもりはないが、絶対の秘密というわけでもなかった。僕もザンザスも何も恥ずかしいことをしているつもりはないし、そもそもずっと隠しておけるようなことではないからだ。特に超直感を持つ9代目にはバレても仕方ないと考えていた。
 そして、すでに9代目は感付いているらしい――と僕が気がついたのは、つい先日のこと。ザンザスとの仲を探るような何かを言われたわけではない。ただその代わりに9代目は僕に見合い話を持ち出してきたのだ。
 ザンザスに隠すつもりはなかった。でもいちいち電話やメールで報告することでもないと思って……というのは、まあ、言い訳にしかならないだろう。
「僕がすぐに断ったっていう話も一緒に聞いたか?」
 ディーノとスクアーロに向き直り言葉を口にしながら、けれど僕の意識は確実にザンザスだけに向いていた。
「ああ。“必要なら精子の提供はするから諦めてください”って言ったらしいな」
 苦笑混じりのディーノの言葉を聞いてザンザスの力が緩んだ。その一瞬を見計らい、少々乱暴に振り払う。ずっと掴まれていて痛かったし、何より自分に後ろ暗いところはないと伝えたかった。
「だってボンゴレの血統を残すのが目的だろ? 結婚する必要はないし、寧ろ一人に限定するんじゃなくて複数の女に産ませた方が良いじゃないか」
 はっきりと言い切れば、ディーノだけじゃなくスクアーロも苦笑したのが解った。それと同時にザンザスの眉間から皺が減ったのを横目で確認して、僕は微かに口角を上げた。
「で? 何か愚痴でも零してたか?」
「せめて写真ぐらい見てから断って欲しいってさ」
「見ても答えは変わらないし」
「でも凄い美人だぜ」
 ディーノが胸元から写真――9代目から渡されたのだろう――を取り出す。そしてこちらに突きつけるように差し出されたそれには女性が一人写っていた。ウェーブした長い金髪、透き通るような白い肌に綺麗な青い瞳、まるで人形のように整った顔立ち。しかし穏やかに微笑んだ表情はけして人形には出来ない温かいそれで。
 確かに、美人だった。
「……お前からも僕に“その気はない”って伝えてくれ」
「おいマジかよ。会うぐらいしてみればいいのに。確かに綱重の好みとは違うだろうけど」
「好み?」
 ザンザスの眉がぴくりと上がった。
 気にしてくれるんだ。
 思わず、胸が高鳴る。でも流石に“嫉妬させる為”なんて馬鹿な理由で嘘はつけなかった。だって後が怖すぎる。
「そんなのない。適当なこと言うなよ」
「嘘つけ。お前の相手、同じようなタイプばっかだったろ」
 眉を顰める。
 相手というのは、ザンザスが深い眠りについていたあの期間に僕が交際していた女性たちのことだろう。彼女たちの多くとはパーティで出会ったから、ディーノが知っているのは当然だ。けれど特定のタイプばかりを相手にしていたつもりはない。まあ皆それなりに美人だったとは思うが、10代目になるための交友関係を広げる手段だったり、お互い割り切った上での一夜限りの関係だったりで、真剣に付き合いをしようと思って女性に近づいたことなど一度もないのだ。
 不服そうな僕を見てディーノは、自覚なかったのかよ、と呆れたように頭を掻いた。
「ほら、美人だけど気の強そうな感じで」
「マフィア関係の女は皆そうだろうが」
 写真の見合い相手のような大人しそうな女性はこの業界では珍しい。いや、恐らく、彼女だって実際に会ってみれば一筋縄ではいかないはずだ。
「いや、それだけじゃないって! ん〜、背は高い方が好きだろ? あと目元はキリッとしててそれから、そうそう何より髪だな! 綱重が連れてる女はみんな黒髪だったじゃないか。ストレートで、短めの……うおっ!」
 側に部下のいないディーノに足払いをするのは容易いことだった。
「いって〜……。いきなり何するんだよっ」
「帰る」
「はあ?」
「帰るっ!」
 言い切り、車に向かって全速力で走った。呼び止める声がしたような気もするが僕は何も聞いちゃいなかった。ばくばくと煩い心臓の音と、燃えているんじゃないかと思うような顔の熱だけを感じていた。
 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!
 何が一番恥ずかしいかって、それは、まったくの無意識だったことだろう。
「あー、もうっ!!」
 タイヤが悲鳴をあげるのも構わずに僕は乱暴にハンドルを切った。


 遠ざかっていく車を呆然と見送りながら、スクアーロはザンザスに視線を向けた。
 ――長身の体がやけに小さく見えた。
 それはザンザスが俯き、眼光鋭い瞳を手で覆っているからだろう。いつもは威風堂々というか居丈高なザンザスからは想像もつかない姿だ。珍しいものを見たと喜ぶこともなく、スクアーロはひくりと頬を引き攣らせた。更に、黒髪の隙間から赤く染まった頬が見えたような気がしたときには物凄い勢いで顔を背けた。人間、未知なるものには恐怖するものである。
「……何か言ったら、かっ消す」
 言われなくとも何も言葉が出てこねえよ……とスクアーロは心の中で呟く。
「そういえば綱重はここに何しに来たんだ? 会場にはいなかったよな?」
 ディーノが一人不思議そうに首を捻るが、当然それに答える声はなかった。


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