俯きたくなるほどの愛情を

 街から遠く離れた場所にその屋敷は建っていた。古い石造りの門の前には黒服の男が数人立っていて、周囲を警戒している。本日招かれた客人は皆すでに入場済みらしく、エンジンを止め車から降りればそれだけで男たちから厳しい視線が注がれた。だが残念ながらそちらに用のない僕は、視線を無視し、少し離れた場所に停まっている一台の高級車へと歩み寄る。
 スモークが貼られた窓を叩けば中から見慣れた銀髪が顔を出した。
「運転手、お疲れさま」
 綱重か、と少し驚いた様子で彼は目を見開いていた。
「う゛お゛ぉい、こんなところで会うなんて珍しいじゃねえかぁ」
 言いながらスクアーロは、そびえ立つ邸宅を振り仰いだ。街の明かりは到底届かない場所だというのに、屋敷から溢れる光だけで辺りの闇夜は完全にかき消されている。元々の鋭い眼を眩しそうに細めた上、“こんなところ”という言葉には明らかに蔑みの感情が込められていたので、まるで睨み付けているように見えて、笑う。
「ボスさんは中だぞぉ」
「ああ。さっき電話したからもう出て来るはずだ」
 答えればそれだけで、僕がパーティに招待されたわけではなく、別の目的でこの場所に来たことを理解したようだ。すぐさま僕が乗ってきた車を振り返り、そして溜め息と共に項垂れる。
「オレがどれだけここで待たされたか解るかぁ……」
「ごめん。連絡するべきだった」
 ハア、と一際大きく溜め息を吐かれても、先程電話でザンザスから聞くまでスクアーロがここにいると知らなかったのだと言い訳することも、謝っているのに何だと怒ることも今の僕には出来ない。頭を掻こうとした手を何かに気付いたように慌てて引っ込める様子を見れば、いつものように何かを投げつけられたのだろうと推測できるからだ。こんな田舎で催されるパーティに何故出席しなければならないのか――というザンザスの気持ちも解らないでもないが、スクアーロからすれば運転手をさせられた上、八つ当たりを受け、そのまま車内で待機させられ、あまつさえ“恋人が来たからもう帰っていい”なんて、本当に堪ったものではないだろう。溜め息も出るはずだ。
 申し訳なく思いながらポケットを探る。大空の炎は全ての属性の匣を開匣出来るため、僕は複数の属性の匣を所有している。中でも晴属性である治療用匣兵器は重宝していた。
「怪我してるんだろ? 頭見せろよ」
「いい」
「遠慮するな。ちゃんと綺麗に治してやるから」
「さっき血は止まったから大丈夫だぁ」
 出血してたのか。それもさっきまで。もう笑うしかなくて、場を取り繕うような曖昧な笑みを浮かべたまま取り出した匣をしまう。
「本当に悪かった。今度何か奢る、……!」
 突然後ろに腕を引かれたかと思うと、そのまま無理矢理抱き寄せられた。顔を厚い胸板に押し付けられ、わけがわからず反射的に強張った体は、しかしすぐ弛緩した。
 今までいた会場内は盛況だったらしく、そこには酒や香水の匂いも混じっていたが、鼻をくすぐるこの香りはいつものものだ。間違えるはずもない、彼の香り。
「ザンザス」
 名前を呼べば応えるかのように唇が近付いてきた。警備の男たちのことが少し気になったが、止められるはずもない。
「ん……」
 唇が重なる瞬間は、いつもじんわりと胸の奥が熱くなる。そしていつもその熱ごとかき乱された。肉厚な舌がしなやかに口内を動きまわり、負けじとこちらも舌を絡めてみても、逆に下顎の部分を舐めあげられて力が抜けてしまう。車に寄りかかるが体を支えるには足りなくて、唇が離れる頃には、へたり込まぬよう目の前の体に必死に縋りついていなきゃならなかった。翻弄されっぱなしなのが悔しくて腕に爪を立ててやれば、詫びのつもりか、頬や額、耳の付け根に、一変して優しいキスが降り注ぐ。
「……くすぐったいって」
 小さく笑いながら目を開け――慌てて、ザンザスから体を離した。車内で頭を抱えるスクアーロの姿は体の熱が一気に冷めるのに十分な光景だった。
「お前ら、完全にオレのこと忘れてただろぉ」
「わ、悪い……」
 深い深い溜め息と共に、別に好きにすればいいと前置きした上でスクアーロは続けた。
「でもな、頼むから続きはオレが帰ってからにしてくれぇ」
「なら、とっとと帰れ」
「おいっ!」
 そんな言い方はないだろうと振り返った僕は、ザンザスの後ろに見慣れた姿を見つけて眉をあげた。
「ディーノ」
 僕が名前を言い終わるか終わらないか、というところで、情けない悲鳴と鈍い音とがほぼ同時に聞こえてきた。
「いてて……」
 地面に突っ伏しながらディーノが呻く。周囲には何も躓くような物は見当たらないというのに、相変わらずのドジっぷりだ。
「大丈夫か?」
 助け起こそうと動く僕をザンザスが制止する。その間にディーノは一人立ち上がろうとして、自分の右足を左足で踏み、再び倒れ込んでしまった。それを見てもザンザスは僕の腕を掴んだまま離さないので見かねたスクアーロが車を降りて手を貸してやり、ディーノはようやく立ち上がることができた。
「一人なのか? ロマーリオはどうしたんだ?」
「あいつはまだ中だ。ちょっと外の空気でも吸おうと思ってバルコニーに出たら、綱重とスクアーロが話してるのが見えたからさ」
 唇の端に血を滲ませてさえいなければ、それだけで女の子を落とせそうな笑顔を浮かべてディーノはそのままザンザスへと視線を向けた。
「ザンザスも俺と同じか? 気が合うな」
「……」
 やばい。
 ザンザスの機嫌が急激に悪くなっていることを感じ取って、僕は慌てて二人の間に割り入った。
「ええと、何か用があるのか?」
「ああ。お前にちょっとな」
「僕に?」
 ニコッとディーノはまた爽やかに笑い、言った。
「聞いたぜ、見合いの話」


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