daily morning, special Darling

「おはよう。もう朝だよ」
 そんな風に声をかけなくても、お前が部屋に入ってきたときから起きている――枕に顔を埋めたままでザンザスは思う。
 綱重は気配を隠そうともしていなかったし(隠したとしても気がついただろうが)、先程までシャワーを浴びる音だってしていた。
 それから何よりも眠りが浅かった。綱重はもう朝だ、と言ったが、窓から射し込む太陽の光は昼近いだろう。大体、ザンザスが眠りについたときにはもう太陽が出ていたのだ。あれからどれだけ経ったかは解らないが、今を朝と呼ぶことは確実に間違っているはずだ。
 ただ、唯一漂ってくるコーヒーの香りだけは、朝に相応しいと言えた。
 あの争奪戦から暫く、綱重は門外顧問チームで茶を淹れたり資料整理をしたりと雑用をさせられていたらしい。その時にコーヒーの淹れ方も覚えたらしいが、しかし今日のこれは綱重が淹れたものではない、とザンザスは眉を顰める。こんな風に香り良く淹れることなど綱重に出来るはずがない。どうせルッスーリアにでも頼んだのだろう。つまりこの部屋を訪れる前、自分に声をかける前に、綱重は誰かと話をしたのだ。
 そんな些細なことにも腹が立って、頬に小さなキスが落とされても、眉間の皺を緩める気にはなれなかった。
「誕生日おめでとう」
「……、……今日は何日だ?」
 まるで拗ねた子供のようだ。自分の声音に、内心舌を打つ。
 だが幸いかどうか、綱重が気に留めた様子はなかった。差し出されたマグカップを無言で拒否しても、綱重は黙ってサイドテーブルに置くだけだ。
「おめでとう“ございました”?」
 首を傾げ、ふふっと笑みを漏らす綱重に、とうとう我慢が出来なくなった。
 ベッドに引きずり込み、組み敷いて、噛みつくようなキスを落とす。
「……電話ぐらいしろ」
 ようやく綱重が、今日初めてのばつが悪いといった表情を浮かべた。
「予定では、10日ギリギリにここに来れるはずだったんだ。だから、その、おめでとうは、ちゃんと顔を見て言いたいと思って……、それで電話もメールもしなかった」
 ――こうして見下ろすと目の下にできた隈がよくわかる。加えて、シャワーを浴びた直後だというのに驚くほど青白い顔をして、綱重が続けた。
「ごめん。もちろん、忘れてたわけじゃないよ」
 先程引き寄せたときに掴んだ手首も、思えば細くなっていたような気がする。確かめるべく、腰のラインをなぞればやはり以前よりもずっと細くなっていた。
 再びきつく眉根を寄せるザンザスだったが、綱重がそれに気付くことはなかった。自身の腰に当てられた手のひらに目を瞑り、ザンザスに抱きついたからだ。
「僕、明日まで休みなんだ」
 耳の中に直接囁きかけるようにして、綱重が言った。甘い声が告げたその言葉に含まれた意味が解らないわけではない。またそれはザンザス自身、望んでいたことでもあった。しかし文字通り休息を取るために与えられた休暇なのは、今の綱重を見れば明らかだ。それならば少なくとも一週間は与えてやれと文句を言いたくなるが、門外顧問としてもこれが精一杯なのだろう。
 小さく溜め息を吐き、ザンザスは綱重を引き剥がした。
「いいから寝ろ」
 酷い顔だ、と理由を口にするのはやめた。そんなことを言えば余計に無茶をしかねない。だがそれでも綱重はムッとしたようだ。
「このままじゃ眠れないよ」
 小さな子供のように尖らせた唇でそう言って、ザンザスの手を取った。
「綱重」
 咎める声を無視し、胸元へと手を持っていく。
「触って」
「やめろと言っている」
「いいから。埋め合わせ、させてよ」
 すぐに離れようと思うのだが、触れた肌の感触が許してくれない。それでもなんとか理性を総動員して、シャツの隙間から手を引き抜く。
 そのとき、カツン、と小さな音がした。綱重の首から下げられていたリングがザンザスの指にはめられているリングとぶつかったようだ。そこにリングがあることに、紅い瞳が僅かに見開かれる。――それがただのリングならば、驚かなかった。
 ザンザスのはめるリングと比べればサイズは小さいものの、デザインはまったく同じリング。もちろん輝きだって遜色ない。ボンゴレの至宝を加工し作りあげた大空属性のリング――ザンザスが贈った物に間違いない。普段ならきちんと指にはめられているはずのそれが、何故かシャツの内側にある。
 窺うような視線に気付いた綱重が苦笑いを浮かべた。
「Aランクのリングを使うような任務じゃなかったから」
「使わなきゃ持ってる意味がねぇだろうが」
「諜報活動には目立ちすぎるんだよ」
 言いながら、チェーンを外し、リングを抜き取る。そして目前のザンザスに見せつけるように、綱重はリングを左手の薬指へとはめてみせた。
 その後、チラリとザンザスを見上げて。
「ね、そんなにシたくないの?」
 冗談めいた口調だったが、一瞬だけ瞳が揺らいだのをザンザスは見逃さなかった。

「――馬鹿が、」

 自分と相手、両方に向けて呟いた言葉は、重なった唇へと吸い込まれていった。


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