so I uttered a sigh

 一仕事終えてきたオレに労いの言葉をかけてくれるような人間はここには存在しない。そんなことは解っている。とはいえ、まるで部屋に入ってくるなというように、扉の前に死体が転がっているのはどういうことだ。何の嫌がらせだ。
 その屍を蹴飛ばして――いや、一応生きていたらしい。呻き声があがった――室内に入る。
「う゛お゛ぉい! 何だ、あれはぁ!?」
「ボスの誕生日を祝おうとしてね。瞬殺さ」
 いつものように宙を浮遊しながら、マーモンが答える。あの死にかけを除けば、今はこの赤ん坊しか居ないようだ。他の幹部の姿は見えなかった。
「あいつ、機嫌悪いのかぁ」
 ったく、面倒くせえ。自分の誕生日くらい楽しい気分で過ごせばいいのに。……あいつには無理か。というか楽しそうな奴なんて想像もつかないし見たくもない。
 溜め息を零しながら、屍もとい瀕死のレヴィを助け起こす。
「きさ、ま……ボス、を、あいつ……などとぉ……っ!」
 助けてやってるというのに、こいつは。本当に屍にしてやろうか。うんざりしつつも、とりあえずソファーに寝かせておく。ルッスーリアが戻って来たら治させよう。
「優しいじゃないか」
「うるせえ」
 奴の機嫌が悪いなら、間違いなくオレに被害が及ぶ。特にレヴィが居ないとなると『オレだけ』が酷い目にあうのは間違いない。それだけだ。……考えていて自分が情けなくなってきたので言葉にするつもりはないが。
「で、そのボスさんは今は?」
「自室だよ」
 機嫌が悪いなら報告は明日にするか。まあ、明日になったからと言って機嫌が良くなってるとは限らないのだが、折角機嫌が悪いのを自覚して部屋に篭ってくれているのだから、少なくとも今夜はそっとしとくべきだろう。
「……って、今夜は綱重と一緒じゃないのかぁ?」
「そうじゃないから機嫌が悪いんじゃないか。どうやら連絡すらないみたいだね」
 思わず、眉を顰める。あの男がザンザスの誕生日を忘れるはずがない。
「ジェッソ、か」
 意識したつもりはなかったが、吐き捨てるような響きになった。
 ジェッソファミリー。あちこちでリングと匣を略奪しているという新興マフィアだ。ボンゴレの周囲でも多くの被害が報告されている。勿論、ボンゴレの敵は他にもいるが、今、門外顧問チームが力を入れて動くとすればそれは確実にジェッソファミリーを調べる為だろう。
「流石に門外顧問だって、綱重に危ないことはさせないよ。もし10代目に何かあれば、ボンゴレの血統は綱重だけになるんだからね」
「だが、あいつ自身にはそんな考えないだろう」
 逆に、自分のことをドン・ボンゴレの椅子から最も遠い存在だと思っているはずだ。自身の弟や、現在自室に篭っている奴の為ならば、容易く命だって捨てるに違いない。
「……」
 何かを考えるように唇を引き結んだマーモンは、溜め息と共に口を開いた。
「明日になってもボスの機嫌が悪いようなら、僕の出番かな。タダ働きは御免なんだけどね」
「沢田綱吉にでも払わせりゃあいい」
「そうだね。そうするよ」
 頷き、小さな術士はその場から立ち消えた。
 残されたオレは携帯電話を取り出して通話を試みる。電源が入っていないというアナウンスは予想通りで、しかしそれでも舌打ちするのを止められない。
 マーモンにはああ言ったが、オレは、綱重の力を疑っているわけじゃない。多少トラブルが起こっているのだとしても、よっぽどのことでなければ、無事に任を終えてくるだろうと信じている。いや、そうでなくては困るのだ。ボンゴレにとっても、奴にとっても、あいつは大切な人間だから。
 だから、早く帰ってこい。

 ――それから。
「もう少し自覚しやがれ」
 応答のない携帯に向かって呟く。電話でもいいんだ。メールだって。お前が行動するかしないかで、オレの生死が決まるんだぞ。
 ああ、あと少しで今日が終わっちまう。
 ぐしゃりと髪をかき混ぜながら、オレはまた一つ溜め息を吐いた。


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