まったく、どうしてこんなことになったのか。もう何十回と繰り返した言葉をもう一度心の中で呟きながら、ワインを煽った。
目の前には、二人分には多すぎる料理が所狭しと並べられている。そしてその奥には、頬を膨らませるほど口に食べ物を詰め込んだ謎の生き物が、何やらモゴモゴとこちらに意志を伝えようとしていた。
「……食ってから喋れ」
言ってやれば、ようやく口の中の物を飲み込み、人の言葉を喋り出す。曰く、流れ星を見よう、と。
突然何を言い出すんだと訝る俺に、奴は更に続けた。
「今日ってサン・ロレンツォの夜なんでしょ?」
――誰がこいつに吹き込みやがったんだ。
眉を寄せる俺のそんな心の声が聞こえたわけではないだろうが、9代目が教えてくれたんだよと得意げな声が言う。
あのクソジジイは余計なことしかしねぇな。
「日本にも、星にお願いごとする日があるんだ。タナバタっていって、願いごとを書いた紙を笹に吊るすんだよ」
「じゃあ、それをやりゃあいいだろう。勝手に書いてろ」
「でも、もう七夕は過ぎちゃったし。それに今日はサン・ロレンツォの夜なんでしょ!」
そう言って、にっこりと笑う。俺がどれだけ睨み付けたって、この笑顔が崩れないことは解っている。
まったく、どうしてこんなことになったのか。
舌打ちをしながら、再びグラスに手を伸ばした。
×
用意させたのか、元々ここにあるのか、デッキチェアが二つ。わーい!と歓声をあげて早速そこに寝転ぶカスに続いて、仕方なく腰を下ろす。
バルコニーには心地よい風が潮の香りと共に届いていて、自然と体の力が抜けてくる。ゆったりと寝転べば、満天の星空が目に映った。海上に浮かぶここからなら、一年のうち一番流れ星が見られるといわれている今日でなくとも、いつでも流星を拝めるに違いない。だが、今日だからこそ、ここに来たいと思う人間はたくさんいただろう。
このマフィアランド(なんてふざけた名前だ)は、ボンゴレだけが出資して建造したものではない。いくつものファミリーが共同で作り上げた島だ。本来なら何百というマフィア関係者が溢れているはずのここに今いるのは、警備を含めた従業員以外は、俺とこいつだけだ。常時命を狙われているにも関わらず、海に行きたいなんて暢気なことを言い出したドカスの為に、ここを貸し切りにしてやった親父の姿はない。
まったく、なんでこの俺がカスのお守りなんかしなきゃならねえんだ。
苛々と奥歯を噛み締めた俺の脳裏に蘇るのは、数日前のやり取り。
『何でそんなに海に行くのが嫌なんだよ。……あ、わかった。ザンザスも泳げないんでしょ』
『かっ消す』
『こらこら。ザンザス、海でちゃんと泳げるところを見せてあげればいいじゃないか』
全 部 あ の ク ソ ジ ジ イ の 所 為 だ 。
いや、そもそもこいつが海に行きたいなんか言い出さなければ。苛々したまま、隣に視線を映すと、そこでは空を見ることもなくスヤスヤと――
「おいっ! 寝てんじゃねえっ!」
ビクリと、デッキチェアの上の体が跳ねる。
「……ね、寝てないもんっ」
「どう見ても寝てただろうが! ったく、部屋に戻るぞ」
風邪なんかひかれたら堪らないと立ち上がって促すが、小さな体は頑としてそこから離れようとしなかった。
「だめ! まだ流れ星見てない! 絶対にお願いごとするんだから!」
必死な声が、そう言って。
思わず、ハァ、と溜め息が漏れる。
「……どれだけ願ったって無駄だ。10代目になるのは俺だからな」
言ってやれば、いつも通り不満そうに唇を尖らせるカスの頭をぶっ叩く。
「テメーは『泳げるようになりますように』とでも祈っとけ」
「う、うるさいっ」
「今日は殺し屋がいねーっていうのに勝手に死にかけやがって」
「ザンザスがすぐに助けてくれないから、あんな沖まで流されちゃったんだろ!」
「テメーが途中まで楽しそうに手を振ってたのが悪い」
「あれは溺れて苦しんでたんだよ!!」
そのとき、怒りで真っ赤に染まった顔の向こうで、キラリと何かが輝いた。
「……え、なに、まさか今見えた!?」
俺の視線で気がついたのだろう、慌てて振り返るが勿論もう見えない。
こちらに向き直り、ひどい!ずるい!と騒ぐ奴の後ろでもう一度、キラリと流星が走った瞬間、俺は堪えきれずに吹き出していた。
流れる星に願うなら