サヨナラ悲劇

 ボンゴレファミリーの10代目就任パーティーとあってたくさんのマフィア関係者が集まったその会場に、着いてからまだ数分だというのに、男は一人、バルコニーへと足を向けていた。
 ガラスを一枚隔てているだけだというのに、まるで別世界のように暗く静かで冷ややかなそこに辿り着くと、男はようやく息を吐く。今まで呼吸をすることを忘れていたかのように、深く。

「――ザンザス」
 名前を呼ばれるまでもなく、ザンザスは、彼が自分の後を追ってくることを解っていた。振り返り、綱重、と名前を呼び返せば、琥珀色の瞳が月光を映して柔らかく輝く。
「ツナが気にしてたよ、気を悪くしたんじゃないかって。あれは、ただ驚いただけだ。……驚きすぎだったけど」
 先程目があった瞬間、ザンザスの名を悲鳴じみた情けない声で叫んだ、自身の弟のことを思い出したのだろう。綱重は小さく笑みを零しながら、僕も驚いたよ、と続けた。
「本当に来てくれるなんて思ってなかった」
「テメーが来いと言ったんだろう」
「だって最近、時間が合わなくてなかなか会えなかっただろ? だから駄目元で誘ったんだよ」
 そう言いながら、細められた目が意味ありげにこちらを見たような気がして、ザンザスは思わず綱重へと手を伸ばす。簡単に掴めた腕はしかし、引き寄せることは叶わなかった。
 綱重はまるで猫のようなしなやかさでザンザスの手からすり抜けて、その先にある手摺に手をかける。そして身を乗り出すようにして階下を見下ろすと、懐かしいなあ、と言葉を漏らした。背後で、行き場を失った手が拳を握ったことにも気がつかないようで、その声は明るい。
 確かに階下の庭園は何年経っても美しいままそこにあって、思わず声を弾ませてしまうのも理解できる。広がる緑も、噴水も、あの頃のまま、何も変わってはいない。
「……阿呆みたいに眺めてるとまたさらわれるぞ」
 きつく握った手の中に不満を押し込めたのだろう、やけに淡々とした声が言った。
「え、」
 綱重が驚きの表情を浮かべ振り返ったのを見て、ザンザスは少しだけ胸がすく思いがした。フ、と口元を緩め、綱重の隣に歩みを寄せる。
「あのとき、ここから見てた」
「ここから!?」
「見てなきゃ助けになんかいけねーだろ。何だと思ってたんだ」
「ああ、うん……よく考えたら、そうだけどさ」
 口ごもる綱重に、何だ、と低い声が促す。ザンザスがはっきりしない言動を好まないことを綱重はよく知っている。慌てて口を開いた。
「覚えてるか? あのとき、僕に『俺の視界に入らないところに行け』って言ったの。……あそこなら大丈夫だと思ってたんだ」
 丸見えじゃんか、呟くように続け、自嘲するような笑いを浮かべる。そのまるで綱重自身を貶すような声音に、ザンザスは眉を寄せたが、何も返せなかった。唇を引き締め、隣で金色の髪が夜風に揺れる様子をただ見つめる。
 ザンザスは普段、過去を振り返ることはしない。目前の青年と気持ちが通じ合う前のことは特にだ。――だからこそ、こんなときには言い知れぬ思いが沸き上がってくるのを止められない。
 どれだけ素気無い態度を取ろうと、綱重はいつだってザンザスの傍を離れようとはしなかった。あの日、あのとき、綱重の命を救ったときから、今に至るまでずっと。暴言を吐き、暴力をふるっても。八年の空白のときでさえ、綱重の瞳は常に自分だけを映し続けていたのだ。
 だが、もしあのとき、さらわれた綱重を助けにいかなければ今ここでこうしていることはなかった。全ては偶然だ。そう思うと、まるで、自分達のそれは酷く細い繋がりであるように思えてならなかった。
「……でも、僕はあのとき本当は、わかっていてあそこに行ったのかも」
 不意に綱重が言った。そのタイミングと、思いがけない内容に、紅い瞳が揺れる。
 綱重は正面からザンザスを見つめながら、ほんのりと朱に染まった頬を動かした。
「だって、あのときも、僕は……ザンザスに僕を見ていて欲しかった」

 今度は逃がさないよう、掴んだ瞬間に引き寄せた。わっ、と上げた小さな声さえ閉じ込めてしまおうと、その体を胸の中に掻き抱く。
「綱重」
 名前を囁いて、そっと顔をあげさせればそこには戸惑いが浮かんでいた。
「こんな所で……だめだよ、誰か来たら、」
「誰が来るんだ?」
 逸らしかけた視線を絡めとるように見つめれば、一瞬の間をおいて、確かに、と綱重が吹き出す。
 綱重とザンザス。門外顧問の息子と9代目の息子。二人とも今夜ボンゴレ10代目としてお披露目された青年よりも年上で、二人とも一時期は10代目確実と言われていた。そんな彼らが会場を抜け出すのを見て、誰が追いかけてくるというのか。
 例え偶然に誰かが現れたとしても――
「傷を舐めあってると思われるだけだな」
 そう言って笑う綱重の唇を、ザンザスの唇が塞いだ。


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