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「遅くなりまして申し訳ありません」
 室内の視線が一斉に綱重に降り注ぐ。席は一つを残してすでに全てが埋められていた。
「ヴァリアークオリティはどうしたのかね?」
 誰かの言葉に、クックッという忍び笑いが部屋のあちらこちらから聞こえだす。綱重がそれに眉を顰める前に、上座からの声がそれらを静かにさせた。
「綱重、君に会うのは久しぶりだ。顔をよく見せておくれ」
「はい、9代目」
 9代目ボンゴレの横に、父である門外顧問が控えているのを確認しながら上座へと歩みを寄せる。
「彼らをよくまとめているようだね。昨夜から今日にかけてのこともすでに伝わってきている。君の働きに、私たちはいつも助けられているよ」
「勿体なきお言葉……」
 跪き、9代目の手をとる綱重。評価の言葉に微笑みを浮かべ、甲に忠誠の口付けを落としながら、しかし内心では首を傾げていた。
 ヴァリアーを派手に動かしていた理由は、幹部連中に自身の力を示すためだった。以前、『9代目の息子』がそうして幹部全員からの支持を集めたことを綱重は知っていたのである。一方で穏健派で知られる9代目が、そのような振る舞いをあまり良く思わないことは承知の上でもあった。しかし、この反応は……?
 指にはめられたボンゴレリングに目を奪われそうになりながらも顔をあげると、優しげな瞳と目が合う。人を安心させる瞳だ。けれど綱重の心は、逆にひどくざわめいていた。不自然にならぬように視線を逸らすと、今度は父と目が合う。家族として向かい合うときには見せない、門外顧問の目。寧ろ家族としてのものよりも馴染み深いものなのだが、今日は何故だか戸惑いを隠せない。
 いや、これは戸惑いなのだろうか?
(なんだこれは?)
 戸惑い、恐怖、不安。いくつか思い浮かぶがどれも違う気がする。感じているのはそんな曖昧なものではなくもっと具体的で断定的な――
「綱重様、おめでとうございます」
 末座の席に腰を下ろすとすぐに、隣に座る男が耳元で囁いてきた。この部屋にいる面々では、綱重の次に若い男。
「……何がですか?」
「分かっておられるのでしょう? 貴方のことを小さな頃から存じ上げている私も何だか誇らしい気持ちです」
 この男は『彼』にも同じことを言っていたのだろうな――そんなことを思いながら、かつては『彼』の側にいた男の顔を見る。クーデター後、大きな枷をはめられたヴァリアー内において唯一処分から逃れた男。……気に食わない男だ。
 ふいにあの貪欲なアルコバレーノの声が頭の中で響いた。
『就任さえしてしまえばあとは全て君の思い通り』
 そう、10代目になればなんだって出来る。特定の部下の報酬を上げることもできるし逆に気に入らない者を袖にすることもできる。その上、かつて反乱を起こした組織に恩赦を与えることも、更にはその反乱の首謀者を後継者にすることだって、容易いだろう。
「さて。すでにこのメンバーを見て全員が気づいていることと思うが、今日は我がボンゴレにとって、とても大切な話があるのだ」
 9代目がそう話始めると、隣の男はどこか得意げな様子で笑った。綱重はそれに曖昧に微笑み返す。
「見ての通り私ももう年だ。後継者を決めなければならない時期にきていると日々感じている。そこで、初代ボンゴレの血を受け継いだ、」
 9代目は一度言葉を切ると、綱重の方を見た。

「――沢田綱吉をボンゴレ10代目として指名することにした」

 しん、と静まり返った室内。拍手をしようと構えていた幹部たちは、不自然な形で動きを止めている。最初に口を開いたのは、綱重の隣にいる男だった。
「き、9代目? 失礼ながら彼の名前は綱吉ではなく……」
「言い間違いではないし、勘違いもしていない。現在日本にいる、家光の息子で綱重の弟にあたる『綱吉』を10代目に指名すると私は言っている」
 幹部達が一斉にざわめきはじめる。
「これは門外顧問である私も同意した決定事項である!」
 家光の声で再び静まる室内。綱重は震え出しそうになる体を叱りつけて、口を開いた。
「……弟は、生まれてからこれまで、我々の世界と少しも関わりなく生きてきました。そんな彼に、ボンゴレを継がせると言うのですか? 自分の身を守る術も知らない弟は、すぐに……9代目、貴方の甥たちの二の舞になるのは確実ですよ」
「心配は要らない。すでにリボーンが日本に向かっている。彼なら、君の大切な弟に身を守る術を教えるだけでなく、立派な10代目に育て上げてくれることだろう」
 リボーンが……跳ね馬を育てた……あのアルコバレーノが……。ざわざわと室内がまた騒がしくなる。綱重もその名を聞いて動揺を隠せなかった。


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