47

「前は、泣くほど嫌がっただろう」
「え……」
 ザンザスの言葉で僕は既視感の理由にようやく気がついた。ああ、熱が出ていたあの夜だ――と。いやでも、あれは、夢の、はずなのに。
「それともまた隙を見て殴る気か?」
「っ……」
 こちらはすぐに思い当たった。スクアーロとのことを誤解された夜のことだろう。
「そんな嘘をついて何を考えている」
 炎の色をした瞳が、凍えそうなほど冷たく僕を見る。
「嘘じゃ、ない……僕は、本当に、お前のことを……」
「嘘だ」
 きっぱりとザンザスは言った。
「キスされて、あんなに嫌がってたくせに。そんな嘘に、この俺が騙されると思うのか」
 唇を噛み締め、拳を握った。そしてギッとこの日初めて睨み返せば、少し驚いた様子でザンザスは僕を見る。
 それを見て、確信する。ザンザスは誤魔化すためにそんなことを言っているわけじゃないと。……その方がどれだけ、良かっただろうに。
 気持ち悪いと拒否されることは想像していた。でもまさか『嘘』だと決めつけられるなんて。気持ち悪いとすら思ってもらえないなんて。
 僕が、どれだけの覚悟でお前を好きだと言ったか、わからないんだろう。
「……キスされたって、嬉しいわけがないよ。お前に、気持ちがないって解ってるのに。それでも喜べっていうのか」
 言いながら、ボロボロと涙が零れた。ぐい、と乱暴にそれを拭ってもう一度ザンザスを睨み付ける。
 ザンザスは、唖然とした様子で僕を見ていた。

 ――もうどうせこれで最後だ。構うものか。全部、ぶちまけてしまえ。
 僕の中で僕がそう叫んでた。

「本当は解ってるんだろっ。男にそんな目で見られていることが気持ち悪いから、否定したいだけなんだ!」
 だってこんなに好きなのに、通じないなんておかしいじゃないか。
「気持ち悪がったっていいよ。好きに罵ってくれてもいい、でもな、嘘ってことにするな! 無かったことにするなよ! こっちは八年間ずっとお前のことを想ってたんだぞ!」
 涙が止まらない。拭っても拭っても溢れてくる。しゃくりあげながら、僕は続けた。
「八年も……ううん、気付いてなかっただけで、その前から、ずっと、僕は、お前のことが……っ好、」
 言葉を遮ったのは、ザンザスの手だった。大きなそれが、僕の口を押さえたのだ。
「……もういい」
 ザンザスはそう言って溜め息を吐いた。疲れた様子で額を――僕の口を押さえるそれとは逆の手で――押さえる。そしてどこか責めるような声で言った。
「テメーが紛らわしいことばっかりしてたから、いけねぇんだ」
「な、に」
 口を押さえる手を引き剥がし、聞く。
「……わかったって、言ってんだよ」
 先程簡単に離れていった手が、今度は僕の体をぐいと引き寄せた。突然のことに驚いて声をあげる僕の耳元に、ザンザスは、小さく囁いて。
 そして僕は、紅い瞳に目を真ん丸にした自分が映っているのを、ただ見ていた。

「――カス鮫に言っていたあれは嘘か」
「……え……?」
「俺の傍にいるのは、弱味があるからだと言っただろう」
 問い詰めるように言われ、慌てて記憶を探る。確かに、スクアーロに問われて、そんなことを言ったような気もする。
「あ、それは、あの、惚れた弱味っていう意味で……」
 あれ、何で、こんなことを説明してるんだろう。
 あれ?
 いま、何があった?

 あれ?

「ザ、ンザス……?」
「なんだ。いい加減にその馬鹿面をやめる気になったか」
「バ……ってなんだよ! な、何言ってんだよ!」
「自覚ねえのか。その呆けた面だ。余計にガキ臭く見えるからやめろ」
「ガキ臭いって言うな! 仕方ないだろ、童顔なのは日本人だし……ってそうじゃなくて!!」
 何があったんだっけ。落ち着いて、思い出せ、落ち着いて。
 たしか、急にザンザスの顔が近づいてきて――

「〜〜〜っ、キスしやがった!」
「あ?」
「嬉しくないって言ったのに!」
 ひどい、と叫ぶと同時に、バシッと頭を叩かれた。
「テメー、頭沸いてんのか。まさか聞いてなかったとか言うんじゃねえだろうな? ……それとも、好きだっていうのがやっぱり嘘だと言うなら、この場でかっ消す」
 今にも炎を手に灯しそうなザンザスに僕は慌てて首を横に振る。
「じゃあ喜べ」
「は?」
 ぐい、と再び引き寄せられて、耳元で囁かれる。
「俺に気持ちがあれば嬉しいんだろうが」

 そうだ、たしか、さっきも同じように。
 耳元で。
 ――声が、甦る。

「っう、嘘だろ! あんなの!」
「……仕返しのつもりか」
 睨まれて、また首を横に振る。そんなつもりはなかった。ただ、信じられなくて。
 僕は改めてザンザスを見つめる。驚くことに、嘘を言っている様子は、なかった。
「そんな……じゃあこれ夢か!?」
 言った瞬間、殴られた。
「どうだ?」
「……痛い」
 ということは、夢じゃない。でも、普通、好きな相手をこんなにボカスカ殴れるだろうか。

 ――好きな、相手。

「おい、なに今頃赤くなってやがんだ」
「う、うるさいな!」
 自分でも熱を持っているのがわかる顔を腕で隠しながら、僕は叫んだ。
「もう一回言って!」
「あ?」
「だって、いきなりだったから! もう一回ちゃんと聞きたい!」
「テメー、あんなもん一度言えば……いや、わかった、もう一度言ってやる」
「ほんとに!?」
 嬉しくて顔をあげた僕の目に飛び込んできたのは、ザンザスのあまりに真剣な顔だった。
「……だから、ここを出たらCEDEFの連中に本当のことを言え」
 その言葉で、一気に現実に引き戻された。
 馬鹿みたいに浮かれていた心は一瞬で萎み、僕の中には固い石のような頑なな思いだけが残る。
「嫌だ」
「綱重」
 ザンザスが眉を寄せる。
「言い張って何になる。大体、奴らは俺がテメーに罪を被せようとしてるとしか思わねえだろ」
「っ、それでも受け入れるさ! 今は僕とお前の証言が違うから、調査してるだけで……お前は、僕と違ってボンゴレに必要な人間だ。こんなことで失うのは間違ってるって、9代目も父さんも思っているはずだ」
「だったら、尚更俺が犯人の方がいいだろ。大した処分は下せねえはずだ」
 反論しようと口を開くが、それよりも先にザンザスが言った。
「俺は死なない」
 真っ直ぐに僕を見て、言った。
「その為なら殊勝な態度でも何でもとってやる。俺はこんなことで諦めるつもりはねえ。もう一度這い上がる。その時まで……いや、その後もだ」
 子供のときから変わらない、力強い眼差し。
 誰に媚びることなく、上だけを見つめていたそれが、今は僕を真っ直ぐに見ていた。
「俺にはテメーが必要だ」

 そんな言い方は、狡いと思う。

「綱重、愛してる」

 ――狡いよ、ザンザス。


prev top next

[bookmark]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -