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「そんなことを言いにきたのか」
 深く吐かれた溜め息は、怒りではなく呆れのそれで、思わずムッとする。
 そもそもここに来ることは僕が望んだわけじゃない。呼び寄せておいて、だんまりを続けている方がどうなんだ。
「そ、そっちこそ何だよ……! 言いたいことがあるならさっさと言えよっ」
「わかってんだろ」
 ぴしゃりと、冷たい声音が言った。
「何故、くだらねえ嘘をつく」
 紅い瞳が僕を睨みあげる。言葉にも視線にも圧倒されてしまい、僕は何も答えることができなかった。
 ザンザスは暫く待ったあとで、呆れた様子で再び溜め息を吐いた。
「……そんなにあのカスが大事か」
 急にフイと視線を逸らした紅い瞳に気をとられたことと、ぽつりと呟くような声の所為で、僕はその言葉をはっきり聞き取ることが出来なかった。
 え、と間の抜けた僕の声に重なるようにして、ザンザスは続ける。
「俺の命令とはいえ、あのカスが関わったことを隠したいんだろ?」
 は?とまた間の抜けた音が口から漏れる。
 あれ、これって、何の話だろう。
「安心しやがれ、俺が一人でやったことにして、」
「ちょ、ちょっと待て!」
 慌てて言葉を遮りながらザンザスの顔を覗き込む。
「なにを、言ってる?」
 不快げにザンザスの眉が寄った。
「今更隠そうとしてんじゃねえ。好きなんだろうが」
「す……!?」
 思いもしない言葉に唖然とする僕に構うことなく、ザンザスは更に口を動かした。
「全部、あのカス鮫の為なんだろ」
「んなっ!?」
 勢いよく立ち上がってしまい、戦いで折れた肋骨が軋んだ。呻きながら、くずおれる様にして椅子に戻る僕を紅い瞳が冷たく一瞥する。
「俺が戻った時点で、テメーには父親の所に戻る選択肢もあった」
 胸を押さえながら僕はザンザスを見た。急に何を、と、痛みの所為だけではなく眉を顰める。
「それを選ばずに、俺に殴られながらもこちら側に居た理由ぐらい、わかる」
「……待てよ、僕が、スクアーロの側にいる為にお前の側にいたと、言いたいのか?」
「その通りだろ」
「ち、違うよっ!」
 ザンザスの中で何がどうなってそういうことになったんだろう。まったく話についていけない。次々に予想もしない言葉をぶつけられ、僕はただその一つ一つに首を横に振り続けることしか出来ない。
「――ああ、弱味があるんだっけか?」
 ハッ、とザンザスが笑った。
「テメーのことだ。どうせ昔、俺が気紛れで助けてやったのが引っかかってんだろ」
 また首を大きく横に振る。何か言葉を返そうとするけれど、違う、それだけを言うのが精一杯だった。
「じゃあ何だ。カス鮫の為じゃねえ、昔のよしみでもねえ、他になんの理由があって俺の所にいた」
「……だからそれは、」
 言葉を続けることが出来ず、口を噤む僕に、苛立った声が吐き捨てるように言った。
「テメーのくだらねえ愛なんかに助けられてたまるか」
 ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。

 何もかも、わかっていたことだった。この気持ちを受け入れてもらえないことも、ザンザスを不快にさせるだろうことも。覚悟はできていた。何と言われようともよかった。だって、全部事実だから。
 でもザンザスは解ってない。僕が想っているのは誰か誤解したまま、僕を貶してる。
 僕は、そのことがどうしても我慢できなかった。

「っ、言っておくけど、僕が好きなのはスクアーロじゃないからな!」
 胸が痛むのも構わず立ち上がり、僕は、言い放った。唇が震えるのがわかって、それを押さえようと掲げた手も、しかし震えている。
 じわりと視界が滲む。僕はギュッと目を瞑り、ついにそれを口にした。
「……僕が好きなのは……、お前だ……っ」

 ついに、言ってしまった。握った拳が、全身が、言う前よりも激しく震えていた。僕は、ゆっくりと目を開き、恐る恐るザンザスを見る。――その瞬間、溢れそうだった涙が、引っ込んだ。
「ザンザスっ」
 無理に上体を起こそうとしたのだろう。崩れかけた体に慌てて駆け寄り、支えようと差し出した手は、バシッと叩き落とされた。
「……嘘つくんじゃねえ」
 紅い瞳に灯った怒りの炎が、僕を捕らえる。
 睨まれ、そして思わぬ言葉を返されて動けなくなった僕に、ザンザスの顔が近づく。顎を掴まれて、唇が寄せられていくのが解っても、僕は、何の反応も出来なかった。だって、言われた言葉が、あまりに衝撃的すぎて。
「嫌がらねえのか」
 唇と唇が触れるまで、あと数センチというところでザンザスが言った。
 顎を掴んでいた手が、今度は頬に触れる。まるで壊れ物を扱うかのように優しい手つきで僕を撫でていく。ザンザスが今までそんな風に何かに触れているのを僕は見たことがない。でも妙な既視感はあった。確かに、どこかで。
 そして覗き込んでくる――浮かんでいた怒りはなりを潜め、今はただ穏やかに僕を見つめる――紅い瞳もまた同様に。そうだ、こんな眼差しも。
 やはり、どこかで。


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