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 長い沈黙だった。声を出すのはおろか呼吸をするのも憚れるような、息苦しい沈黙だった。
「……だったら、なんだって言うんだ」
 室内を包み込んでいた静寂を破ったのは、小さな声。綱重は、ターメリックとその後ろに立つオレガノを睨み付け、感情を圧し殺したような声で続けた。
「9代目をモスカの動力に使ったのは僕だ。僕は、何があってもこの発言を撤回したりはしない」
 綱重の決意の固い表情に、ターメリックは奥歯を噛み締め、オレガノは目を伏せた。
 だからもういいだろう、綱重が吐き捨てるように言う。だがそれを受け入れるわけにはいかなかった。
「それでは、本当に、あなたが行ったのだとしましょう。……守護者たちに戦いを挑んだのは、何故ですか」
 オレガノの言葉にハッとした様子でターメリックも口を開く。
「そうです、守護者の他にも、すでに一度敗れた相手がいたのでしょう。数でも力でも、及ばないことは解っていたはず。9代目の命を奪い、二人の後継者候補をも殺害する企みをしていた人間がするような行動とは到底思えない」
「……それでも、今までで一番のチャンスだった」
 変わらず圧し殺した声が答えた。
「ザンザスも綱吉も容易く殺せるぐらい弱っていた。今後、これ以上のチャンスは訪れないだろうと思ったら、我慢できなかった。それだけだ」
 納得がいかないと書いてある二つの顔を見つめ、綱重は言う。
「ターメリック、お前だって知っているだろう。僕がどれだけ10代目の椅子に執着していたか。それなのに――今までの僕の努力はなんだったんだ。小さな頃から命を狙われていたのも、全部、弟の下で働くためだっていうのか」
「坊っちゃん、それは、」
「あんな馬鹿なことをしたのは何故かって? 全部、父さんたちの所為だろう。僕をこんな風にしたのは、父さんたちだ。初めから10代目にする気なんかなかったくせに、それを黙っていた、奴らの所為じゃないか……っ!」
 次第に、堪えることが出来なくなったのか、声が大きく荒々しいものになっていった。同時に、焦げくさい臭いが辺りに広がる。拘束衣から微かに煙が上がっているのを見つけ、ターメリックは慌てて綱重に手を伸ばした。だが綱重は身を捩って逃れながら、続けた。
「こんな屈辱を受けて生きるくらいなら死んだ方がましだ!」
 乾いた音が響き渡った。
 ジン……と熱くなった頬に、綱重は驚きの表情で動きを止める。
 死ぬ気の炎に強い糸が織りこまれた拘束衣は、中を軽く焦がした程度で済んだようだった。安堵の息を吐きながら、ターメリックは平手打ちをした手で今度は綱重の顎を掴んだ。そうして真正面から顔を覗き込み、口を開く。
「……いいですか。9代目と門外顧問は、初め、あなたを10代目に指名するおつもりでした」
 何を言われているのかすぐには理解できなかったのだろう。琥珀色の瞳は数秒遅れてゆっくりと見開かれた。
「しかし、知っての通り選ばれたのは綱吉氏です。だが、それはあなたの力量が不足していたからではない」
 きっぱりとターメリックは言った。自分の言っていることが嘘ではないと知らせるために、変わらず真っ直ぐに綱重を見つめながら続けた。
「お二方とも、判っていたのです。あなたが、ザンザスにボスの座を譲るだろうということを」

 数秒の沈黙のあと、驚愕に見開かれていた瞳がそっと瞑られ、そして再び開かれたとき。
「馬鹿馬鹿しい」
 吐き捨てるように、綱重が言った。
「そんな勘違いで僕は候補から外されたっていうのか?」
 嘲りの笑いを浮かべた顔は、次に怒りの感情を剥き出しにして、ターメリックを睨みあげた。
「ふざけやがって! いいか、死に損ないの奴らに伝えろ! 僕を生かしておけば、絶対にまたお前らを殺しにいってやる!」
 再び暴れだした綱重の体に手が伸びる。押さえつけるのかと思いきや、
「……何を……っ?」
 拘束衣を外しはじめた手に、綱重が声をあげる。
「行きましょう」
 どこへ、と琥珀色の瞳が尋ねた。一呼吸おいて、淡々とした声がそれに答える。
「ザンザスのところです」
「……なん、だって……?」
「気分が優れないようなら連れていくのは止めようと考えていましたが、大丈夫そうなので」
「大丈夫って……」
「とにかくあなたに会わせろと、大怪我をしているとは思えない酷い暴れようでしてね。けれど、彼よりも坊っちゃんの方が元気だとわかりましたから。攻撃されても避けられるでしょう? オレガノ、向こうに連絡を」
 彼女は頷き、小走りで病室を出ていく。
「待てよ! 僕は会いたくなんかない!」
「いいえ、会ってもらいます。彼の暴れように、職員が参っていますからね」
「そんなこと僕には関係ない」
「――周りだけではなく、彼自身も。一時は傷が開いて、危ない状態になったんですよ」
「……!」
 瞳が大きく見開かれ、同時に激しく揺らいだ。そこに浮かんでいる色は、不安や、恐怖。何に対しての――失うことへのそれだと、ターメリックはすぐに気がついた。綱重の瞳は、今や小さな子供のように無防備に、素直な感情を映し出していた。
「……坊っちゃん……」
 呆然とした声に、ハッとした様子で綱重が顔を逸らす。
「っ、……奴が死のうと、僕には関係ない……っ」
 そう言い捨てた声は、酷く震えていた。


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