41

「そんな弱々しい幻覚は僕には通じない」
 琥珀色の瞳が、幻覚を容易く見破られて動揺する少女を冷たく一瞥する。
『あの不愉快な男は、今日は来られないのか?』
 スピーカーから響く、挑発するかのような声音に、リボーンの眉がぴくりと動いた。
「奴ら、手加減してるな。――恭弥以外は」
 了平のパンチをギリギリで避けた綱重にトンファーが振り下ろされるのを見ながら、ディーノが言う。
「ツナのやつが、兄さん兄さん煩かったのを聞いてるからな。強く攻撃出来ねえんだろう」
 一人を相手に複数で戦うことに慣れていない所為もあるだろう、とリボーンは内心続ける。一対一でやれるのならば綱重にとって都合が良いはずなのに、何故だか綱重はそうすることを許さない。手が出せず躊躇している者がいれば、言葉や軽い攻撃で挑発するのだ。
 今もまた、ツナの側にいるだけで手を出す様子のないランチアを狙って、剣が振られた。


 炎が揺らめいているような波状の刀身は、普通の剣よりも殺傷能力が高い。刃の特殊な形状が、軽く斬りつけるだけで相手の肉を抉りとり深い傷を作る。
「っ……」
「ラ、ランチア、さん……っ!」
 動けないツナを庇ったランチアの腕から血が噴き出した。瞬間、ツナの大きな瞳が揺らいだのを視界の端に留めながら、綱重は記憶の糸を手繰り寄せる。
「ランチア……ああ、ランチア、か」
 何度かその名を繰り返したあと、綱重は笑った。そうか、ファミリー惨殺事件のあのランチアか、と。
「お前が起こした事件の資料を見たことがある。とてもあんな殺しをやる人間には見えないから気がつかなかったな」
 飛んできたダイナマイトを間一髪で避けながら、綱重の目はランチアを見つめていた。
「冤罪……いや、その目は違う、人殺しの目だ」
 トンファーから伸びる玉鎖に腕を捕られながらも、綱重は口を動かすのを止めなかった。心の裡を覗くかのような不躾な視線も、そのまま送り続ける。
「そのときは正気じゃなかったのかな。今になって急に罪悪感が、ってやつか。だから、隊員たちを殺さなかった」
 当たってるか。綱重は尋ねるが、答えを貰わずともすでに確信しているようだった。
「殺すのが怖いのか。聞こえるんだな、自分が殺したファミリーの声が。でもな、それはお前の罪悪感が生みだした幻聴だ」
 雲雀の繰り出した強烈な一撃を食らい、体勢を崩しつつも、綱重は鮮やかに笑ってみせた。

『――だって、お前が全員殺しちまったんだろ?』

「何故、わざわざあんな言葉を?」
 眉を顰め、バジルが呟くように言った。彼は、先日沢田綱吉が解決した事件についての報告書を読み、ランチアのこと知っていた。
 真実を知っている人間にとって、綱重の心ない言葉はあまりに酷すぎると感じられた。何も知らなかった割に推測が的確なのは、超直感のおかげだろう。きっとその能力で、どれだけランチアが苦しんでいるかも見透かしただろうに、何故そんなことが言えるのか。ランチアに対する哀れみと綱重に対する憤りで、心優しい少年の胸はきつく締め付けられていた。
 チッという舌打ちをしたのはコロネロだ。
「キレてやがんだろ」
「違えな。あいつはまともだし、冷静だぞ」
「だったら何だっていうんだ、リボーン! わざと挑発してるとでもいうのか! それこそキレてんだろうが、コラッ」
 その言葉に息を飲んだのは、ディーノだった。青ざめた顔で小さな恩師を振り返る。
「リボーン! 何か知ってるなら、」
「知らねーって何回言わせるつもりだ。あいつらの関係を知ってるのは、9代目と家光ぐらいだろう。……俺たち側、ではな」
 大きな黒い瞳がディーノを通り越し、車椅子に座らされている男を見やった。視線を受け取った男もディーノと同じく顔色が――大怪我をし、更には目の前で自分が一生ついていくと誓った男が倒されたのだ。元々良くなかったものが一段と――悪くなったように見える。
「綱重は、真剣にボンゴレのボスの座を狙ってやがった。ザンザスと同じくらいにな」
 それしか知らねえ、と唸るような声でスクアーロは言い、それきり口を噤んだ。


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