38

 吐き出した唾液は、見たわけではないがきっと血に染まっていると綱重は思った。
 ――剣を抜くべきだったか。いや、それは無理だ。抜く間に距離を詰められて倒されていたに違いない。
「くそ、」
 上体を起こそうとして、しかしすぐに呻きながら倒れ込んでしまう。鈍い痛みの走った胸を押さえ、蹲る。折れていないまでも、これはきっとひびが入っている。
 それでも、あの男は手加減をしていた。何故だかは解らないが、他の隊員たち相手とは戦い方が違ったように思う。事実、鋼球で倒された隊員たちは未だ意識が戻らないのに対し、綱重はこうして覚醒しているのだから。
 こいつはこの程度痛めつけておけばいい、そういうことなのだろうか?
「馬鹿にしやがって」
 掠れた声で言い、綱重は側の樹木を支えに何とか立ち上がる。どうやら足も痛めたらしく、ただ立っているだけなのに額に汗が滲んだ。
 突入の合図がきたのは、つまり決着がついたということ。あの男がどの組織の者でも、正式に決定した次期ドン・ボンゴレにそうそう手を出せるわけがない。それにベルやレヴィがいる。マーモンだって手柄を立てようと必死になるだろう。何より、ザンザスが負けるはずがない。
 すでにあの男は殺されているかもしれないな――そんなことを思いながらも綱重は痛みを振り切って、並盛中学へと足を向けた。
 走りながら、ふと弟の顔が浮かんだりもした。こちらは間違いなく、ザンザスの手によって、もう……。同時に、八年以上会っていない母のことも脳裏を掠めた。胸が痛まないといえば嘘になる。けれど、何を一番に優先するかなんて、もうずっと昔から決めている。
 今はただ、早く、ボンゴレボスの証を正式に指にはめたザンザスを見たくて。
 長かった八年を思い、綱重は更に足を速めた。

×

 長身の後ろ姿を見つけた瞬間、綱重は考える間もなく武器を取り出した。投げた鎖鎌はやはり避けられてしまったが、それを見越して放った蹴りは、男の脇腹をしっかりと捉えた。
「貴様……!」
 微弱な炎といっても、纏わない生身の体と比べれば破壊力は段違いだ。苦痛に歪む顔に、更に拳を繰り出した綱重は、しかし視界に入った光景に動きを止める。

 その瞬間、呼吸までもが止まった。

「――ザンザスッ!」
 綱重は駆け出していた。それを止める人間は誰もいない。皆、突然現れた綱重の姿に驚いていた。更には、彼の発した悲痛な声に呆気にとられ、ザンザスに駆け寄る綱重に声をかける者さえいなかった。
 足が縺れ、転びそうになりながら、綱重はザンザスの傍に跪く。
「ザンザス! ザンザス! おい!」
 力なく地面に横たわる体を揺すった。顔に浮き上がる痛々しい傷跡。血の赤で染まった肌。あまりに現実味のない、目の前の光景。何が起きたのか、そんなことを考える余裕さえ、今の綱重にはなかった。ただひたすらにザンザスの名前を繰り返し呼び続ける。

『――ツナが勝ったんだぞ』

 ひゅ、と綱重の喉が鳴った。
 スピーカーから聞こえてきたその言葉をしっかりと理解できた訳じゃない。けれど反射的に、嘘だ、と唇が動いていた。


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