37

「――総員に告ぐ。中を窺える地点まで前進しろ。多少気がつかれても構わない。ただし、静かに迅速に殺せ」
 途絶えた通信が復活することはないだろう。そう判断してからの綱重の行動は早かった。
「些細な変化も見逃さないように気を配れ。連絡を絶やすな」
『了解』
『了解しました』
 応答の声が続くなか、背後でカチャリ、という小さな音がした。
「……何のつもりだ」
 綱重は、低い声で言った。そして、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
 こめかみを狙う銃口、首筋に当てられた刀……それらを映す琥珀色の瞳は、今の状況からは考えられないほど、落ち着いていた。
「寝返った、わけではないな?」
「はい、永遠の忠誠を破るわけがありません」
「ザンザスの命令か」
「貴方の命に関わらなければ、手段は問わないと言われています」
 刀を構える男が言うと同時に、彼の懐から
 ――ピピッ。
 小さな電子音が鳴った。
「突入の合図がきました。時間がありません。大人しく投降してください」
 ハッ、と綱重は乾いた笑いを漏らした。
 ザンザスは、初めから自分に任せる気などなかった……。悲しみと諦め、そして自分に対する嘲り、更に、ザンザスの無事に対する安堵。色んな感情が混じった笑みだった。
 くしゃりと髪をかきあげて、綱重は溜め息を吐く。
「わかった。縛り上げて放置でも何でもしろ」
「はい、そうします。ただし、監視を二人ほどつけさせていただきますが」
 ぴくり、と綱重の眉が動いたそのときだった。
『こ、こちらE地点! 移動中、何者かの攻撃を受け、負傷者が出ました!』
「何があった!?」
 綱重の目の前にいた男が、通信に応える。
『解りません、突然、背後から、ぎゃああ!』
 全員の無線から悲鳴が響く。だがすぐに大きな鈍い音に押し潰されるようにして途切れ、次の瞬間にはザーザーという雑音だけになった。
「一体何が……」
「敵襲か?」
 隊員たちは、綱重に武器を向けることも忘れ、戸惑った様子で耳につけた無線機を押さえている。
『――こちらD地点、応援に向かいます』
「ッ、待て! 動くな!」
 いち早く、綱重が叫んだ。
『しかし、このままでは……っうぐ!』
 再び、何かを薙ぎ倒すような音がして通信が途絶える。
「どうした! 応答しろ!」
 隊員が必死に声をかけるが、答えは返ってこなかった。
 綱重は、目前の校舎にさっと視線を向ける。そして、目に見えて動揺している隊員たちにも。
「落ち着け!」
 一喝すれば、びくり、と隊員たちの肩が揺れた。
「全員突入! 突入だ! 誰がやられても、何者かがいたとしても構うな!」
 綱重は、手首に装着している送信機に向かい叫んだ。
 異変が起きてすぐに応答がなくなったことから、皆、一撃で仕留められているのだろう。相手が何人いるかは解らないが、強力な武器を擁した相当な手練れに違いない。
 だが、争奪戦は終了したのだ。中にはザンザスたちがいるし、人質をとるなどして相手の動きを封じ込めることもできる。
「残っている者はすぐに移動を開始しろ!」
 しかし、命令に返ってくるはずの声は、一つもなかった。雑音しか聞こえてこない無線機に、綱重の形のいい眉が歪む。
「……ま、まさか、俺たち以外はすでに……?」
 隊員の一人が震えた声で言った。

 ――ゾクリッ。

「何か来る! 避けろッ!」
 綱重の声に、全員が即座に反応しその場から飛び退いた。ヴァリアークオリティと恐れられる彼ららしく、その動きは速く、正確だった。しかし。
「うぎゃあああ!」
 内側にいた一人がまるで竜巻に巻き込まれたかのような不自然な動きで、飛んできた鋼球にぶつかり、そのまま背後の樹木に叩きつけられてしまった。彼だけではない。全員が、鋼球に触れたわけでもないのに地面に倒れ込んでいた。
 呆然と、気を失った仲間を見つめる綱重たち。だがその間にも、鋼球についた鎖が引っ張られ、凶器はそれを操る者のもとへ戻る。
「っ、くるぞ!」
 瞬時に立ち上がり、今度もしっかりと避けたはずだった。
「うぐ……!!」
 また一人、吸い込まれるように鋼球の餌食となる。
「無駄だ。逃れることは出来ん」
「な、なんだ貴様は……」
 鎖のついた大きな鋼球を携えた大柄な男が、そこにいた。
(一人、なのか)
 他にも刺客がいないことを祈るべきなのだろうが、そうするとボンゴレが誇るヴァリアーの精鋭たちが、ただ一人にやられたことになってしまう。果たしてどちらが良いのか、綱重には判断がつかなかった。
 それでも、今、何をすべきかはよくわかっていたが。
 ス……と謎の男と隊員たちの間に立つ。それだけで綱重の考えを察した隊員たちは、すぐにその場から駆け出して行く。
「無駄だと言っているだろう」
「……仲間は、他に何人いるんだ」
 期待せずに尋ねるが、予想外にも、男は素直に答えた。
「そんなもの俺にはいない。貴様を倒し、次に奴らをやる」
「言うじゃないか」
 唇が笑みの形を作るが、綱重の顔には焦りが浮かんでいた。男の出す威圧感が、男の言葉を真実だと思わせてくる。
「ところでお前の顔、どこかで見たことがある気がするんだよな。CEDEF、いや、キャバッローネの手の者か?」
「……知らんな」
「へえ。それじゃあ、お前、」
 綱重は素早い動きで
「ただの通り魔ってことか!?」
 男に向かって飛びかかった。
 避けても避けきれない鋼球の理由はわからないが、そんなことは大した問題じゃない。投げさせなければいいのだ。
(懐にさえ入ってしまえば……!)
 渾身の力で死ぬ気の炎を纏った拳を突き出す。
「ッ! 貴様は……」
 男が驚いた様子で目を見開いたことに綱重は気がつかなかった。

(この、男)
 冷たい汗が背中を伝う。
(……勝てる気が、しない)
 軽々と止められてしまった拳の所為で出た弱音ならば良かった。だが、そうでないことは綱重自身がよくわかっていた。
 それは、超直感がもたらす、確かな事実。


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