35

 バタン、という大きな音を立てて扉が開き、照明一つない部屋に柔らかい光が差し込んだ。人工的な光明とは違う自然な灯火に照らされ、ぼうっと浮かび上がる檻。チェーンが厳重に巻かれたその籠の中で、小さな体が身動いだ。
「……黙っていたな」
 それはとても静かな声だった。抑揚のない平坦な声音。しかし、言葉の端に滲む確かな怒りを感じとり、マーモンは深く被ったフードの下で大きく瞬きをする。
「何のことだい?」
「解っているだろう。モスカの動力源のことだ」
 怒りを押し殺しているのだろう。この部屋で唯一の光源である炎を纏った拳は、きつく握られ、震えていた。
「何故、言わなかった」
「そりゃあ、まあ、聞かれなかったからね」
 拳が、壁に叩きつけられた。
「暴れるなら他所に行ってくれないか」
「ふざけるな!」
「……本当に、何も気がついていなかったんだね。意外だな」
 君のことだから超直感で何か感じ取っているかと思っていたよ、とマーモンが言えば、綱重の瞳が僅かに揺らいだ。何か言い返そうとしているのか唇が開くが、結局何も発せられないまま閉じられる。
 暫し沈黙したあと、重苦しい溜め息を一つ吐いてから、綱重はぽつりと呟いた。
「……もうとっくに、殺していると思ってた……」
 でも違った。
 あの人は、9代目は、すぐ側に居たのだ。あのゴーラ・モスカの中に詰め込まれて、その動力として使われていた。

『綱重……君にも、申し訳ないことを……』

 不意に弱々しい声が甦り、綱重は大きく頭を振った。
「……ザンザスは、最初からモスカを暴走させるつもりだったんだな」
「だろうね」
 追い込まれても焦らなかったのは、守護者が勝とうが負けようが関係なかったから。綱吉が9代目の命を奪い、それをザンザスが粛正する――という筋書きに、何の支障もないから。
「証拠は、残っていないんだろうな」
「当たり前だろう。僕とスクアーロで完璧にやったさ。モスカを僕たちに渡したのは9代目だし、9代目は自分の意思で日本に来たってことになっているよ」
「……それ、もう一度改竄できるか。僕が関わったかのように」
 ピクリとマーモンの大きな頭が動いた。
「どうしてだい」
「何も綻びがないだけじゃ駄目だ。ただでさえ、あの老害どもはザンザスを快く思っていない。とても納得するとは思えない」
 言いながら、綱重は側にあった燭台を手にした。蝋燭にそっと火を灯し、小さく息を吐く。
「……綺麗過ぎるものを見れば人は裏を探り出す。この世界じゃ特に、そうだろ?」
「――確かにそのようだ」
 蝋燭の火を映し、鮮やかに輝く琥珀色の瞳をマーモンはじっと見つめた。
「君の行動には必ず裏があると思っていたんだが、深読みしすぎていたようだね。驚いたな。まさか、そんな一番単純な理由で、」
「おい」
 毅然とした声が、言葉を途切れさせた。
「マーモン、お前、随分余裕があるみたいだが、もしかして『ザンザスが10代目に就任さえすれば恩赦が与えられる』なんて期待しているんじゃないだろうな。生きて捕らえられたからといって、今後も命の保証があると本気で思っているのか。情けなく逃亡したお前が、許されるとでも?」
「ム……」
 不快そうに歪められた赤ん坊の唇を見、綱重は嘲りの笑みを浮かべる。
「あいつはそんなに甘くないぞ。――特に、お前は色々と知りすぎているようだしな」
 最後の言葉に、ハッとした様子でマーモンが息を飲んだ。フードに隠されてその表情は窺えないが、明らかな動揺と焦りが感じられる。
 綱重は、先程と種類は違うものの、再び質の悪い笑みをニヤリと浮かべた。
「僕に協力すれば、ボンゴレの元10代目候補が、持てる限りの力で、お前を手助けしよう。もちろん金も払う。今すぐ口座ごと渡したっていいぞ。逃亡者には金が必要だろ?」

 さあ、どうする。

 甘く囁く声が、蝋燭の小さな火を揺らした。


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