34

「おい、もし明日負けたらどうすんだよ」
 隣を走るベルが言った。僕は答えずに、前を行くザンザスの背中を見つめる。
 僕らの一番先頭にザンザスはいる。そのすぐ後ろ、付き従うようにレヴィが続き、そしていつものように最後尾を走るのが僕とベルだ。来日する前と比べて、随分人数が減ってしまった。
 ルッスーリアの意識は、未だ戻らないらしい。スクアーロは死に、そしてマーモンが今夜の戦いの途中、逃亡した。
 ――僕らは今夜、三度目の敗北を喫したのだ。どうするも何も、明日の勝負に負ければ、全てが終わる。命運を握っているゴーラ・モスカも今はいない。早速、逃亡したマーモンを捕らえに行ったらしい。
「無視すんなっての。なあ、あのモスカってなに? 強いわけ?」
「……、……旧イタリア軍が開発した戦闘兵器だそうだ」
「見た目通りロボかよ。うししっ」
 やっぱ綱重は知ってたんだな、と僅かに感心したような声が言う。
 確かに、知っていた。だがベルが考えているようなルートからではない。マーモンから相当の料金と引き換えに教えてもらっただけだ。……わざわざ訂正するつもりはないが。
 どこか安心したような声音でベルは続ける。
「ま、ボスがあれだけ言うってことは勝算があるんだってわかってたけどさ〜」
「……そうだな」
 心配することなんて、何もない。何もない、はず。なのに、何故、どうしてなんだ。どうして、こんなにも。――いや、これは不安ではない。超直感が知らせる悪い予感でもない。僕は、自分に言い聞かせる。これはただ単に、奴がザンザスに向けて放った含みのある言葉が引っかかっているだけだ、と。


 六道骸。

 その名前は、先月資料で見たばかりだった。弟の綱吉が倒したという男。そして放り込まれた復讐者の牢獄から脱獄を試みたという、その男。
「……宝の持ち腐れというのは、まさに君のことを言うのでしょうね」
 六道骸はそう言って笑った。それまでザンザスに向けて話していた男が突然放った言葉だったが、すぐに僕に言っているのだとわかった。妖しい赤と青が、僕を真っ直ぐに見つめていたからだ。
 そんな不思議そうな顔をして、と六道骸は笑い混じりに続ける。
「ボンゴレの血が与えた折角の能力を使いこなせていないようですね。後継者候補から外されたというのも納得です」
 何を言われているのかわからなかった。けれど、思い当たることはあった。先程、挑発するような声音でザンザスに言った『恐ろしい企て』とやらのことだろう。隠したつもりだったが、不可解が顔に出ていたらしい。この男は、それを揶揄しているのだ。
 ギリ、と奥歯を噛み締める僕だったが、すぐにハッとして視線を真横に向ける。顔を覗き込まなくとも、そこに座るザンザスが今どんな顔をしているのかわかった。ただ近くにいるだけなのに肌がざわめくこの感覚は――ザンザスは、怒っている。
「おやおや、あんなに酷く扱っておいて、他人が彼を貶すのは許せませんか」
 挑発する口調に益々ザンザスが苛立っていくのがわかる。
「クフフ、あなた方の関係もなかなか興味深い……まあ、それについても首を突っ込む気はありませんからご安心を」
 六道骸は、言いたいだけ言うと、再びザンザスから僕へと矛先を向け直した。
「そうは言っても、沢田綱重、君は十分魅力的です――君の弟と比べ、遥かに容易く手に入りそうなところなんて、特に、ね」
 愉悦に歪んだ瞳が舐めるような視線を僕に送った。眉を顰めて不快感を示すが、六道骸は気にした様子もなく、軽く首を傾けながら一歩こちらに踏み出してくる。
「……何を言っている」
「つまり、僕は、君よりも君の力を使いこなせる、ということですよ」
 赤い瞳がギラリと輝いた気がした。瞬間、悪寒が走り、剣に手を伸ばす。
 しかし、六道骸はそれ以上こちらには近づいてこなかった。
「骸! やめろ!」
 綱吉が向こう側でそう叫んだから、というわけではないだろうが、とにかく動きを止めた。身構えている僕を見て愉し気に笑い、
「クフフ、虐げたくなる気持ちが少し解りました」
 そんなことを言いながらも体を翻す。


 ぜひ、また会いましょう――

 六道骸が僕から視線を外す直前、頭の中に直接響いた声を思い出し、拳を握る。本当に気にくわない奴だった。あんな奴の言ったことなど、全て忘れてしまいたい。
 けれど。

 ザンザスの背中を見つめ、僕は唇を噛み締めた。


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