29

 向けられる訝しげな視線に気づかぬふりで、僕は話題を変えた。
「ベルは?」
「勝ったぞぉ。一応な」
 含みのある言い方が気になったが、いつものようにベルが遊びすぎたのだろう、と勝手に推測する。わざと怪我をして意識を飛ばそうが、勝利したのならばその過程はどうでもいいことだ。
「明日は?」
「オレだ」
「それじゃあ明日で決まりだな」
 ふう、と息を吐く。安堵の息だった。
 明日で、ようやく終わる。
 スクアーロも同じ気持ちなのだろう。心なしか口元が緩んでいるように思う。
「荷造りでもして待ってろぉ。寝る暇もねえくらい、すぐに終わらせてきてやる」
「……なに?」
 僕はまじまじとスクアーロを見つめた。
「明日、僕も行くつもりだけど」
「あー、だからだな、」
「――ザンザスが何か言ったのか? 僕を近づけるな、とか?」
 首が横に振られる。嘘ではない様子だ。
「体調が、」
「もう平気だ!」
 思わず声を荒げてしまったことに、スクアーロよりも僕自身が驚いた。
 小さく息を吐き、それからもう一度口を開く。今度は努めて静かな声で。
「向こうにはアルコバレーノもいるんだ。人数は多い方がいい。そうだろう?」
 明日、ザンザスは、弟とその守護者たちだけではなく、この争奪戦に関わった者全員の処刑を命ずるだろう。そうでなくともあのアルコバレーノたちが彼らが殺されるのを黙って見ているはずがない。けして簡単な仕事ではない。その上、今はルッスーリアはいないし、レヴィも手負いだ。そんなこと解っているだろうに、とスクアーロを見上げ――はたと気がついた。
 解っているからこそ、僕を連れていきたくないのか。
 ハ、と乾いた笑いが零れる。
「ご心配どうも」
「っ綱重、オレは別に、」
「だけど、絶対について行くから」
 綱吉に、ザンザスは直接手を下さない方がいい。あとで上層部が何を言い出すかわからないからだ。もちろんザンザス直属の部下であるスクアーロたちも同様だ。
 だから、僕がやる。
『どうせ弟を殺すなんて出来なかっただろう』
 数日前、銃を取り上げられたとき、ザンザスに言われた言葉が頭を過る。
 いいや、出来る。やってみせる。
 眠る前の弱気はもうどこかへ吹っ飛んでいた。
「例えザンザスが何か言っても関係ない。僕は、僕のしたいように動く」
 邪魔するなよ、と視線を送れば、スクアーロは渋面を作ったものの小さく頷いた。
 話すことはもう何もないと口を噤もうとして、僕はふと、思いついてしまった。

「……あのさ、お前、あんまり僕の所に来ない方がいいぞ。特にこんな真夜中には」
「ああ?」
「昨日、ザンザスが、僕たちがデキてんじゃないかって疑ってたから」
 スクアーロは一瞬何を言われたのかわからなかったようだ。きょとんとした表情でその場に立ち尽くす姿はあまりに隙だらけで、とても暗殺者には見えなかった。思わず吹き出しそうになるのを慌てて堪える。そうだよな、そういう反応になるよな。僕だってザンザスに言われた瞬間は呆然としたもの。
 そろそろ笑いを堪えるのも限界になってきた頃、ようやく言葉を理解したらしいスクアーロの体が小刻みに震え出した。そして一気に爆発する。
「あの野郎、何考えてんだぁ! 頭に虫でも沸いてんじゃねえのかあ!?」
 今にも剣を振るいそうなほどスクアーロは興奮していて、僕はついに声をあげて笑ってしまった。
「お前が僕を押し倒したりするからだ」
「誰がだぁ!」
「思い出せよ、昨日の体勢を」
 ぐ、と言葉に詰まるスクアーロ。しかしすぐにまた喚きだした。
「でも普通、考えるか、んなこと! 有り得ないだろうが!」
「本当だよな」
「……ったく、気持ち悪ィ」
 ドキリ、と心臓が跳ねる。
 こんな些細なことで動揺したということに更に動揺してしまう。そして落ち着かなければと思えば思うほど頭の中で小さなパニックが起こる。今自分がどんな表情をしているのかもわからず、俯いた。しかしそれすらも自然に出来なかったようで、すぐにスクアーロが不審そうに呼びかけてきた。
「――綱重? どうした?」
 顔を覗き込んでくる男に、僕は咄嗟にこれでもかというほどの顰めっ面を作ってみせた。
「言おうかどうか迷ってたんだけどさ……、お前、めちゃくちゃ酒臭い」
 きっとまたザンザスにグラスでも投げつけられたのだろう。
「ッ、悪かったなあ!」
「早く洗ってきた方がいいぞ」
 言われなくてもそうする!と肩を怒らせて部屋を出ていくスクアーロを笑い声で送り出す。

 扉が閉まって暫くして、僕はくしゃりと髪を掻き混ぜた。
「気持ち悪い、よな」
 小さく呟いた言葉は誰にも聞かれることなくすぐに消えていった。


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