28

 気配を感じて、僕は飛び起きた。それが何かを探る前に体が警戒の体制をとる。
 寝ているときに近付かれると過剰に反応をしてしまうのは、子供の頃からの癖だ。命を狙われることが多かったあの頃、寝ているところを侵入者に殺されかかって以来の。
 一度誘拐されかけてから、僕の情報は父や9代目の手によって隠されて、僕自身もパーティーなど公の場に出ることはなくなった。だがすでに出回っていた門外顧問の子供で剣帝の生徒という情報は消えることなく、隠すことで余計に僕が有力な10代目候補であると周囲は思ったようだった。
 寝込みを襲われたのは一度だけで、それも怪我ひとつなく保護されたが、僕は暫く夜になる度に怯えていた。父はいつも忙しくて帰ってこなかったから、一人で眠るのが嫌な僕は、ザンザスのところに無理矢理泊まらせてもらうことも多かった。不安ならベッドの側に警護の人間を立たせておけばいいとザンザスは言ったが、それはだめだと僕は首を横に振った。部屋に自分以外の気配があると気になって眠れなかったのだ。とは言っても、ザンザスの気配だけは気にならなかったが。いや、気にならなかったのではなく、ザンザスの傍にいれば僕は安心して眠ることができた。
 さっきまで見ていた夢でも、僕はあの頃のように安心して眠ってしまった。キスをされて、優しく触れられて、気持ちがよくて――言葉の使い方がおかしいかもしれないが、まさに夢心地だった。まあそもそも寝ながら眠る夢を見たことがすでにおかしな話であるのだが。
 微かな音を立てて部屋の扉が開くと同時にその気配が馴れ親しんだものであることを認識して、ほっと体の力を抜く。
「悪い、起こしたか」
「気にするな」
 扉の隙間から入り込む光に僕は軽く目を擦った。どれぐらい寝ていたのか。窓の外、夜空に浮かぶ月の位置から今夜の勝負はもう終わったのだろうと当たりをつける。そしてきっと結果を教えに来てくれたはずのスクアーロは、しかし何を遠慮しているのか入ってこない。
「何をしてるんだ、入れよ」
 促せばようやくその体が扉をくぐる。同時にパチリと小さな音がして、点けられた照明の眩しさに僕は目を細めた。
「どうだ、調子は」
「……お陰様で」
 嘘ではなかった。夢見が良かった所為か、体が軽い。なんて単純なんだろうと軽い自己嫌悪すら感じてしまいそうなくらいだ。
 スクアーロは満足そうに頷いて、しかしテーブルの上の皿に気がつくと思いきり顔を顰めた。
「残してんじゃねえか」
 非難するような声に目を逸らす。
 昨夜のことを気にかけているからかもしれないが、スクアーロは意外と世話好きだ。朝も、突然部屋に来たかと思えば開口一番に『顔色が悪い』と言って眉を顰め、『飯を食え』と、勝手に隊員に食事を持ってくるよう指示してしまったし。
 別にそれが不快というわけではないが、何だかくすぐったいような、居心地が悪いような気持ちになってしまう。
「でもまあ、朝より顔色はよくなったな。ベルから聞いたぞぉ。熱もあったって――薬もちゃんと飲んだみたいだなあ」
「え……」
 言葉に驚いてサイドテーブルを見やれば、水位の減ったコップが目に入る。そしてあるはずの錠剤はどこにも見当たらなかった。
「どうしたぁ?」
 思わず唇を手で覆った。
「――いや、何でもない」
 首を横に振る。
 寝起きだから、どちらが夢でどちらが現実かわからなくなっているだけだ。寝る前は熱が高かったし、薬を飲んだことも忘れてしまったに違いない。
 あれは、夢だ。
 現実であるはずがない。
 僕は自分に言い聞かせるようにして、何でもない、と今一度繰り返した。


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