27

 随分と懐かしい夢を見ていた気がする。
 薄く開いた瞼はすぐにまた閉じようとするが、それは明かりに目が眩んだわけではない。いつの間にか陽が落ちた外からは、月の光が淡く差し込んで暗い室内を照らしていた。まだ眠い――寝返りをうった僕は次の瞬間、体を硬直させた。
 ベッドサイドに佇んでいたその男は、大きな手の平で僕の目を塞いだ。
「――飲め」
 低い声が耳に入ってくるのと同時に唇に何かが触れたかと思うと、すぐにそれがこじ開けるようにして口内に小さな何かを押し込んできた。戸惑う間もなく、今度は先程よりも随分柔らかいものが唇に触れて、水が流し込まれる。されるがまま全てを飲み込めば、満足したのか瞼の上から手が離れていった。
 顔を向ければ僕を見下ろす瞳と目が合った。いつもは鋭い深紅は、優しい月光を映している所為か、今は穏やかに輝いている。
 ああ、まだ夢の中だったのか、とぼんやり思う。写真を枕の下にいれておいたから、こんな夢を見るんだろう。
 優しく触れてくる手も、柔らかい眼差しも、現実であるはずがない。けれど、夢だと解っていても、嬉しくて堪らない自分は本当に馬鹿だ。胸が苦しくて、泣き出しそうになって、僕は顔を背ける。だが、頬を撫でていた手によってすぐに元の位置に戻された。
 顔が近づいて、ゆっくりと唇が唇に触れる。そのとき、今まで同じような夢を見たときにはけして感じなかった体温と感触が感じられて、少し驚く。でも、昨日実際に彼に触れたからだとすぐに理解した。
「ん……」
 啄むような軽いキスが何度も落とされるが、そんなのじゃ我慢できなくて、僕は浅く口を開き舌を誘い入れた。口内に入り込んだ舌を舌で絡めとり、チュ、と強く吸えば、驚いた様子で目の前の深紅の瞳が見開かれる。いや、折角の夢なんだから、もっとこう……。不満に思いつつ舌を絡ませればちゃんと口付けが深くなって、自然と口角が上がる。やっぱり、夢の中では何もかもが思い通りだ。
 背中に腕を回して、もっと、とねだった。昨夜は出来なかったことだ。混乱していたからじゃなく、現実ではとても出来ない。この気持ちを知られるわけには、いかないから。
 ――いや、もうとっくに知られていたのかもしれないのだった、と昨夜の醜態を思い出す。
 わかってるよ。相手に気持ちがないと解っているのに触れられて悦ぶ惨めさを、僕に味わわせたかったんだろう?そうではなく、ただ単に屈辱を味わわせたかったにしても、僕の浅ましい反応に気付いてしまっただろう。
 それぐらいみっともなかったことは自覚している。
 そしてどちらにせよ、お前は僕なんて見ちゃいないんだ。こうして、まるで気持ちが通じあっているかのように触れることが出来るのは、夢だからだ。現実ではとても有り得ない。
 不意に、唇が離れていく。不思議に思う僕の頬に指が優しく触れた。
「……泣くな」
 言われて初めて、自分が泣いていることに気がついた。慌てて目元を擦るが、掴まれて制止させられた。
 再び顔が近づいて、チュ、と小さな音。唇が涙を拭ってくれたのだ。
 これは流石に、夢にしたって都合がよすぎだ。だって、こんな風に優しくされたら、もう目を覚ましたくなくなる。
 唇は涙を辿るように動いていたけれど、次第に道筋から外れていった。唇にキスが落とされるのを感じて、僕はいつまでも止まらぬ涙を流しながら、瞼を下ろした。


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