26

 ベルフェゴールは退屈していた。
 目の前には獲物がいっぱいいるというのに、それらに勝手に手出しすることは許されていないからだ。決められた相手以外は殺してはいけなくて、しかしその相手だけがまだこの場に到着していない。つまり、待つ以外に何もすることがないのだ。
「う゛お゛ぉい! そっちの嵐の守護者は居ねえのかあ!?」
 スクアーロの雄叫びがすぐ後ろから響き渡って、ベルは前髪の奥で眉を顰めた。だが声の騒々しさはともかく、その苛立ちには共感できる。
「王子待たせるなんて、いい度胸じゃん」
 大方逃げたんだろうけど、と心の中で付け足しながら、長い廊下の向こうにいる連中を見やった。自然と、集団の端にいる少年に視線がいくのは、それがやはり見慣れた顔と似ているからだろうか。まあアジア人の顔などどれも同じに見えるのだが、それでも、どこか女性的な顔立ちは、そっくりというほどではないものの、自分のように双生児でない兄弟にしては似ていると思う。
(綱重はここまで情けない顔はしてないけど)
 選んだ守護者に逃げられて、どうしたらいいのか解らないのだろう。少年は俯きがちだ。
(いや、今日の綱重は同じくらい情けなかったかもな)
 熱に浮かされ潤んだ瞳を思い起こし、そんなことを考える。
 大体、綱重は甘い。幼少の頃からこの世界に身をおいていたにしては甘すぎる。一年半前、あのときにさっさと弟を殺しておけば、綱重はもう10代目の座に就いていたはずだ。けれど綱重がもたもたしている間にザンザスは戻ってきた。そして綱重は今やすっかり蚊帳の外におかれ、目の前で行われる戦いを指をくわえて見ているしかない。もう、甘いどころか馬鹿としか言いようがないとベルは思う。
(ま、ボスに歯向かわないだけ、綱重は賢いか)
 逃げ出した向こうの嵐の守護者も、逃げきれると思っているところは愚かだが、それでもこいつに比べたらマシだろう、とベルは改めてツナのことを見やった。昨夜は炎の大きさに驚かされたりもしたが、あんなものボスの炎と比べたら大したことはない。それに残りの守護者もろくなものではないだろう。現に自分の相手は命欲しさに逃げ出したようだし。
 不意に、よく知る瞳と同じ色の瞳がこちらを向いて、目が合った。定められたタイムリミットが近づいているというのに、ツナが時計ではなくこちらを見たことにベルは少しだけ驚いた。だが別にこちらの視線に気付いて、というわけではないようだ。
 何かを探す目。
 一昨日も、そして今日も何度か、同じような目をしてこちらを見ていた。そこに目当ての者はいないとわかっていても何度も確かめなければ気が済まないのだろう。
 兄弟だからといって、何をそんなに気にかける必要がある、とベルは不思議に思う。弟を殺せなかった兄。敵だと解っているのに兄を探さずにはいられない弟。兄弟を思いやるなんて、実の兄をこの手で殺した自分には一生理解できない感情だ。
 だが、それを弄ぶのはなかなか楽しい、と思う。
「なあ、そこの……パチもん集団のボスさんは、もしかして綱重のこと探してんの?」
 スクアーロが咎めるような声を出したが、構わず続けた。
「あいつなら今日は来ないぜ」
「え……?」
 元々大きなツナの瞳が更に見開れる。
「うししっ。来られないって言った方がわかりやすいか?」
 思わせ振りに笑ってやれば、みるみるうちに顔面蒼白になっていった。ベルが、狙い通りだと笑みを深くしたその瞬間。
「……お前っ! 兄さんに何かしたんだな!」
 激昂した声が廊下に響き渡った。
「はあ?」
「ナイフでつけられた傷、昨日、見たぞ! お前がやったんだな!」
「何言ってんの?」
 意味がわからないと首を傾げるベルにスクアーロが助け船を出した。
「一昨日、いつもの遊びでつけただろぉ」
「ん?」
 義手の甲を指し示す指を見て、ようやく思い当たる。
「あー、確かにそれはオレがやったけど、寝込んだのはオレの所為じゃねえし」
「寝込んだ……!?」
 ツナは今にもこちらに飛びかかってきそうな勢いだ。チェルベッロやリボーンに止められて、辛うじてその場に留まっているものの、きつく睨み付ける視線は止まることなくベルを突き刺す。
「うるせー」
 不快そうに顔を歪めながら言って、ベルは、つい、とそっぽを向く。どういうことだ、兄さんに何をしたんだと騒ぐ声が聞こえているが、これ以上話す気はなかった。
(今ここでこいつを殺っちまったら、ボス、怒るよな)
 我慢するしかない。
 窓の外では、時計の針がまた一つ進んだ。十一時まであとほんの僅かだ。
(――あ、そうだ)
 正面に向き直ったベルの表情は明るかった。もちろん長い前髪に隠されて顔の半分は見えないが、口元には確かに愉しげな笑みが浮かんでいた。
「まあ、わざわざこんなところまで来たのに何もしないとか、つまんないし」
 クルリと動かした手の、指の間にナイフが現れる。それはまるで威嚇するかのようにキラリと輝いた。
「そんなに言うなら、期待に応えて本当に殺っちまおうかな――お前の大事な兄さんを」
 ツナが息を飲む。
 時計は今まさに十一時をさそうとしていた。


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