24

「おい! 綱重!」
 大きな音を立てて扉を開け放ったと同時に、ベルは室内の気配へとナイフを放った。更にもう一陣、攻撃を繰り出そうとして――ピタリと動きを止める。
「何だよ、まだ寝てたのか」
「……うるさい」
 不機嫌な声と共に、床に枕が放られる。綱重の代わりに全てのナイフを受け止めたそれは、血ではなく中に詰められていた羽根をフワフワと吐き出した。
 枕がなくなってしまったため、シーツに直接顔を埋めている綱重に、ベルが歩みを寄せる。
「具合悪いのか」
 ぐいと髪を引っ張りあげれば、青白い顔が不愉快そうに歪みながら見上げてくる。二日酔いだ、綱重はそう言うが、ふと触れた額は明らかに熱を持っていた。
「お前二日酔いで熱出んの?」
「……熱、あるか?」
「熱い」
 もう一度額に触れると、冷たい手の感触が心地よいのか、綱重は撫でられた猫のように目を細める。あまりに無抵抗なその様に、馬鹿にしたようにベルの唇が上がる。
「ちょっと雨に打たれたくらいで風邪ひくとか情けねー」
 ペチリと額を叩きながらそう言うと、不満そうに眉が寄せられる。
「……離せよ」
 普段より数倍低い声で唸るように言われたので、その通り髪から手を離してやると、綱重は重力に逆らうこともなく受け身をとることもなく、落ちるままに落ちて、シーツと熱いキスを交わした。これは相当熱が高いなとベルは突っ伏している綱重を見下ろした。心配ではなく呆れのこもったその視線に気がついたのか、風邪じゃないし、とくぐもった声が言う。
「これはあれだ、精神的なものからくる発熱で、」
「それ風邪よりも情けねえんだけど」
 すかさず突っ込めば、黙り込む。その反応にどうやら精神的なものが理由だというのが冗談ではないことを察して、ベルは驚きを隠せなかった。一年半前、弟が後継者に指名されたときも平気な顔をしていた綱重だ。内心はどうであれ、こんな風に弱味を見せることはないと思っていた。ついまじまじと、ぐったりとしている体を見つめると、気怠げな様子で綱重が口を開いた。
「……で、何だよ」
「あ?」
「ナイフ投げるためだけにきたのか」
 チラリと琥珀色の瞳に見上げられて、そうだった、と本来の目的を思い出した。同時に忘れていた怒りも再び沸きだして、ベルは綱重へ詰め寄った。
「お前、チクッてんじゃねえよ。食われたくなきゃその場で自分で言えよな」
 綱重が小さく吹き出したので、ベルは眉を寄せる。ただし長い前髪の奥での動きは不愉快を相手に伝えるには至らず、綱重の口元は緩んだままだ。
「王子は悩みがなくていいな」
 更にそんなことを言われてしまってはナイフを取り出さない理由はなかった。
「熱、下げさせてやる。冷たいくらいにな」
「遊びたきゃ外に行け。売りだし中の殺し屋兄弟が居るらしいぞ」
 普段なら気にならないが、命令するような口調が妙に癇に障る。ナイフを握る腕が綱重に向かって振り下ろされた。


 暗殺部隊ヴァリアーの一隊員であるその男は、扉の前で一度深呼吸してから、ノックをした。
「失礼致します。綱重様、お食事をお持ちしました」
 部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、真っ白に染まった視界に呆気にとられる。男はすぐにそれが羽根であることを認識するが、だからと言って驚きが消えるわけではない。純白の羽根が舞う幻想的な光景を呆然と見つめる。だが、次にもっと予想外の光景が目に飛び込んできて、男の顔が引き攣った。
 羽根が舞う中、床に倒れ込んでいる金色と、その横でナイフを振りかざす金色。
 それはどう見ても殺人現場だった。暗殺部隊に属しているとはいえ、加害者と被害者の両方が幹部と呼ばれる人物というこの状況に、動揺するなと言う方が無茶だ。思わず息を飲む男の耳に、大きな溜め息が聞こえてきた。
「スクアーロのやつ……いらないって言ったのに」
 むくりと起き上がった被害者――もとい、病人だが生きている綱重にギロリと睨み付けられて(正確には男の持ってきた皿を睨み付けたのだが)、男は縮み上がった。
「食えよ。王子がまた煩く言われんじゃん。――あ、お前、薬も持ってこいよ。解熱剤な」
 ナイフの切っ先を向けられて、男は勢いよく首を振る。
「は、はい、すぐにお持ち致しま、」
「いや、薬はいらないから枕を持ってきてくれ」
 綱重がそう言って、裸足の爪先で床に転がるボロ布を蹴りあげる。どうやらそれは枕だったらしい。目の前を舞う羽根を見つめ、どちらの言うことを聞けばいいのかと立ち往生している男の横をナイフが掠めた。
「早く行け」
「は、はいっ! 薬と、枕ですね!」
 バタバタと走り去る足音に綱重の不満そうな声が被さった。
「寝てれば治るのに」
「今日はオレの出番だぜ」
 思わぬ言葉に綱重は目を丸くした。更に不満そうに突き出された唇も見つけ、小さく笑みを零す。
「勝敗は見なくたってわかる。お前以上に嵐の守護者に相応しい奴はいないよ」
 綱重はそう言うと、ベッドに突き刺さっていた数本のナイフを、持ち主の手に戻した。ベルはフン、と不満そうに鼻を鳴らしながらもそれを懐に仕舞い直す。
「……で、売りだし中の殺し屋兄弟だって?」
「評判は良いらしい。実力はわからないけどな」
「ふーん」
 聞きはしないとわかっていながらも、程々にな、と綱重は付け足した。


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