23

 抵抗がなくなったのを感じたのか綱重を拘束していた手が一つ離れる。しかし次の瞬間、脇腹に触れる指を感じて、綱重の沈みかけていた意識は飛び上がった。持てる限りの力を振り絞り、ザンザスの体を押し戻す。
 綱重は上体を起こし、体を後ろに引く――もちろん狭いベッドの上を数十センチ移動しただけだったが、今はその距離が何よりも大事だった。
 俯きながら唇を押さえる。同時に触れた頬がひどく熱を持っているのがわかった。
 何を、されたのか。
 わからない。いや、わかりたくない。だが何とか現実を直視すれば、どうして、の答えはすぐに出た。
「……溜まってんなら、女、連れて、くるから……」
 息も切れ切れに言った途端、髪の毛を掴まれて、再び押し倒された。変わらずギラギラと輝く紅い瞳が綱重を見下ろした。
「用意してんのか。今すぐここに出せるのか」
 首を横に振る――押さえつけられているので顎先が軽く揺れただけだが――綱重に、ザンザスは再び覆い被さる。
「ザンザス! やめろ、やめ、」
 顔が近づくのを感じて暴れるが、力の差は歴然だった。押さえ込まれ唇が触れる。ただし、予想していた場所とは違う場所に。
「やめ、ァ……ッ」
 チュ、チュ、と首筋にキスが落とされた。下から上へ、道を辿るかのように、ザンザスは先程自らが締め上げた場所に、吸い付いていく。
「っだめ……ァ、ア!」
 耳たぶを甘く噛まれて、綱重の口から嬌声が上がった。慌てて唇を噛み締めて堪えるが、次はなぶるように舐めあげられて一層高い声をあげてしまう。
「もうやめてくれ!」
 羞恥で顔を真っ赤に染めながら、綱重は喚いた。だがザンザスは離れはしない。それどころか再び耳に吐息を感じた。まただ、と身構える。
「……黙ってろ」
 濡れた感触の代わりに耳に届いたのは、少し掠れた低音だった。
 ひく、と喉が引き攣る。

 ザンザスが男に興味がないことぐらい知っている。昔、ザンザスの寝室から出てきた知らない女と鉢合わせしたこともあるし、廊下で乱れた服のメイドとすれ違ったこともある。今、自分に触れているのは、ただの嫌がらせだ。性欲処理の目的もあるだろうが、それはついでだろう。
 ザンザスは解っている。どうすれば人を一番貶め傷つけることができるかを。
 そこまで考えて、はたと綱重は気がついた。
 ザンザスは、どこまで、解っているんだ?まさか、気がついて――?

「綱重」
 耳元で低音が響く。共鳴するかのように綱重の体が震えた。それは、恐怖でも嫌悪でもない。
 紛れもない、快感、だった。
 触れられてもいないのに、名前を呼ばれただけなのに、今にも達してしまいそうなほどの快感が綱重の体を駆け巡ったのだ。
「……嫌だ!」
 ガツン、と鈍い音がした。
 どこに当たったのかは分からない。だが確かな感触はあった。炎を灯したままの拳で、綱重は突然の衝撃によろめいている体を押し退けた。
 ザンザスからは引きとめる言葉も動きもなかったので、綱重は真っ直ぐにバスルームに逃げ込むことができた。ガチャリと鍵を閉めて、その場に座り込む。そして膝を抱え、耳を押さえた。怒声がドアの向こうから聞こえてくると思ったのだ。更に無理矢理ドアを破られることも想像したが、いつまでたってもそのどちらも襲ってはこなかった。
 どれだけ時間が経ったのだろう。ずっと同じ体勢でいた所為で、腕も足も痺れきった頃、ようやく綱重は動き出した。
 ゆっくりと時間をかけて鍵を開ける。静かに開けたつもりだが、どうしても小さな音が立ってしまい心臓が跳ねた。幸い隣の部屋からは何の反応もなかった。安堵すると同時に、不安が過る。
 まさかと思いドアを開けると、予想通り誰もいない空っぽの部屋が目の前に現れた。全て何もなかったかのようだ。だがベッドの乱れたシーツが、先程のことが確かに現実であると知らせている。
「……ひどい」
 ポツリと呟いた言葉が部屋に響いて、一層惨めな気持ちになる。
 けして身を任せたかったわけではない。でもあのままもう一度求められたら絶対に拒否できなかったと思うのだ。傷つけられるだけの行為だと解っていても、拒めなかっただろう。それどころかきっと自分から求めてしまったに違いなかった。痛めつけられているのに、浅ましく悦んだはずだ。
 だって、名前を呼ばれただけで、あんな風に。
 己の見苦しい反応を思い出して、再び頬が熱を帯びる。

 ――ザンザス、気づいていたのか。もしくは、今夜、気づいてしまったか?
 それならばもう側にはいられないと思う一方で、もう離れられない、離れはしないと叫ぶ自分がいる。
「グチャグチャだ……」
 考えがまとまらない。何でこんなに頭が働かないんだ。ああ、酒を飲んだんだっけ。ベッドの端に転がっていたボトルを掴み、口に運ぶ。

 ザンザス、解ってやっているならば、それは正解だ。そうだよ、実際に傷つけられるより、こうやって無視されることの方がよっぽど――。

 ぐい、と酒を煽りながら綱重は、再び視界が滲んでいくのを感じていた。


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