22

 扉の向こうに銀色が消えるのを見届けると、ザンザスはすぐに綱重へと向き直った。
 深紅の眼光が、鋭い刃のように綱重に突き刺さった。ごくり、と息を飲む音が体の中で反響して、やけに大きく聞こえる。綱重はベッドに腰掛け直しつつさりげなく腕を組み、自分の体が震えていないか確認した。
「……で、何の用?」
 体は震えていなかったが、声は掠れていて実に情けない響きをしていた。しっかりしろ、自分を叱咤しながら、一度咳払いをする。
「さっきのことなら、悪かった。もう余計なことは言わない」
 早口で言い切って、返事を待つ。だがどれだけ待っていても、反応が何もない。ザンザスの履くブーツの爪先を見つめ続けることに飽きたのと、流石に不審に思ったのとで、恐る恐る顔をあげると多少は眼光が緩んだ瞳と目があう。
 ザンザスは一瞬の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「――男を銜えこむ趣味があったとはな」
 思考が止まる。
 突然ザンザスが知らない言語で話しだしたのかと思ったぐらい、何を言われたのか理解できなかった。だが慣れ親しんだイタリア語だったことは間違いなくて、綱重は動揺を隠せない。
 意味もなく宙をさまよっていた指がシーツに触れ、ふと、先程までこの部屋にいた男と二人、ここでどんな体勢をとっていたかを思い出す。同時に上半身に何も身に付けていない今の自分の格好も思い出した。
 途端、頬が動くのがわかって、慌てて抑える。
「何言ってんの?」
 それは、笑いを堪えた所為で、馬鹿にしたような響きに聞こえたかもしれない。
 だって、自分とスクアーロが、そんな、あるわけがない。声をあげて笑わなかっただけ上出来だと思う。
 しかし、ザンザスはそうは思わなかったのだろう。
「――っ!!」
 前から首を掴まれ、綱重の体はそのまま仰向けにベッドに沈み込んだ。そして上から押さえつけられるようにして、首を――それも動脈ではなく気道を直接――絞められ、呼吸が止まる。
 離させようと手を伸ばすが、手首も、指すらも、びくともしなかった。掴んだ手首に爪を食い込ませてもザンザスは眉すら動かさない。
 綱重は、足を、体を、動かせる部分はとにかく動かした。もがいて、捩って。体に乗られて押さえ込まれてもなお足はシーツを叩き、波立たせる。その間にも首を絞める力は徐々に強まっていく。長く絞められている所為でそう感じるのか、それとも実際にザンザスの手に更に力が込められているのか、綱重には判断がつかなかったが、苦痛が増していることは確かだった。生理的な涙が滲む。
「っ、ぁ……が、あ、」
 やめてくれ、願いを込めてザンザスを見るが、涙でぼやけた視界では何も捉えることができない。目を瞑れば、目尻から涙が溢れ落ちる。

 もうだめだ。
 意識が遠退く――。

 思った瞬間、パッと首から手が離れた。
「ッは、げほっ、がはっ!」
 いきなり解放されたことを疑問に思う間もなく、酸素を貪った。急に吸い込みすぎてしまい咳き込んで、また涙が零れる。ボロボロと涙を流しながら、綱重は自分にのし掛かったままのザンザスを見上げた。だがやはり滲んだ視界では何も見えない。淡く色づいた裸の胸を上下させ、ふうふうと荒い息を吐きながら、ぐい、と乱暴に涙を拭った。
 クリアになった視界に飛び込んできたのは、ギラギラと輝く紅い瞳。今まさに獲物を仕留めようとする獣のようなそれだった。
 手が伸びてきて、咄嗟に、殴られる、と思った。覚悟して目を瞑る。
 しかし、予想していた衝撃と痛みが訪れることはなかった。
 感じたのは――柔らかな感触。
 唇に触れたそれに思わず目を開ければ、今までにないほど近くに、見慣れた紅い瞳があった。
 驚きに涙も何もかもも吹っ飛んだ。体の力が抜ける。その隙に歯列を割り、温かいものが口腔に潜り込んできた。そこでようやく綱重は我を取り戻したが、すでに体も顔もがっちりと押さえつけられていて、逃れることは叶わない。それでも必死に僅かな身じろぎを繰り返す。
 口内を蹂躙する動きは止まらない。何度も角度を変え貪られる。上顎をなぞられて、舌を舐めあげられて、体が震えた。
 一体何が起こっているのか、わからなくて、信じられなくて。アルコールの所為で回らない頭が、混乱して余計に何も考えられない。ただ与えられるものをひたすらに受け入れることしかできなかった。
「んっ……ふ、ぁ……」
 自然と声が漏れてしまう。
 くちゅり…と濡れた水音が綱重の耳を犯した。口腔内は二人分の唾液で溢れ、嚥下するが間に合わない。唇の端から飲みきれなかった唾液が伝う。
 体が、熱い。
 力が抜ける。


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