21

 ミイラ取りがミイラになったわけではない。今も昔もザンザス以上に10代目に相応しい者などいないとスクアーロは思っている。綱重が最有力と目されていた時期に動かなかったのは、ザンザスが戻ればすぐに綱重など蹴散らせると放っておいただけだ。けして、絆されたわけじゃない。絆されたわけじゃないが――時折、スクアーロは、堪らない気持ちになった。
 ザンザスの下す命令に何も言わず従う姿を見ていると、感情を圧し殺しているのではないかと思ってしまう。殴られても蹴られても平気な顔で立ち上がる姿に、無理をしているのではないかと、気になってしまう。その体に残る傷跡を見てしまったからには尚更だ。全てを関係ないと切り捨てるには、仕えた時期が長すぎた。
 思惑があったにせよ、スクアーロはこの数年、誰よりも綱重の近くにいたのだから。

「なあ」
 スクアーロは静かに問いかけた。
「お前は、本気だっただろう? 10代目になろうと本気で――」
「本気、だったよ。何に代えても、10代目になりたかった」
 真摯な眼差しにつられたのか、綱重はそれまでが嘘のように素直に答えた。スクアーロが驚いた様子で目を見開くと、綱重はくしゃりと笑う。
「返事はいらなかったか?」
「いや、」
 口ごもるスクアーロに、まだ湿ったままの金色の髪が愉快そうに揺れた。
「それにしても、お前は、言わなくたってわかってると思ってたんだが」
 スクアーロって意外と鈍いんだな、なんて余計な一言を付け加えて、綱重が小さく笑い声を漏らす。
「何がだぁ?」
「僕が、ザンザスの側にいる理由」
 まじまじと顔を覗き込んでくるスクアーロの目から逃れるかのように、綱重はクスクスと笑いながら、目の前で揺れる銀色の髪に視線を移した。普段より潤んだ瞳はアルコールの所為か――琥珀色の瞳が照明の光と銀色の輝きを映して煌めく。
 焦らさずに教えろ、とスクアーロが短気な言葉を口にする寸前で、綱重の唇は言葉を紡いだ。
「端的に言えば、弱味があるから、かな」
 直後、乱暴に部屋の扉が開いた。二人は首だけでそちらを振り返り――固まった。
 驚いたのは二人だけではない。ベッドの上で重なりあっている綱重とスクアーロの姿に、深紅の瞳が僅かに見開かれる。だが、瞳はすぐに二人をきつく睨み付けた。蛇に睨まれた蛙のごとく、一層体を動かせなくなった二人は、ザンザスがこちらへ近づいてくるのをそのままの体勢で待つしかなかった。
「失せろ」
 言葉と同時に、スクアーロの体が引きずり下ろされた。いや、落とされたと表現するのが正しいか。
「てめぇっ……! いきなり何だぁ!」
 床に突っ伏したあとすぐ弾かれたように体を起こしたスクアーロは、しかし再び硬直して、絶句した。
 自分を見下ろすザンザスの眼が、あまりに怒りに満ちていたからだ。驚き、戸惑い、己を殴るための腕が振りかぶられても、スクアーロはただ見ていることしかできなかった。
「ザンザス!」
 鼻先数センチというところで、綱重が叫び、拳が止まる。
「――――言われた通りにしろ」
 スクアーロは、それが自分に向けられた言葉だとすぐに認識できなかった。視線を、声のしたベッドへ向ける。
「早く」
 琥珀色の瞳が切迫した様子で、こちらを見、部屋の出口を見、忙しなく動いている。
 目配せにすぐ反応できなかったわけではない。
 ただ、一瞬、傷だらけの体が頭を過った。
 このまま出ていっていいものか、逡巡しかけたスクアーロの頭を襲う衝撃。痛みを感じる間もなかった。一瞬の躊躇いすら許さないとでもいうかのように、衝撃は立て続けに降り注いだ。
「やめろ! ザンザス、やめるんだ!」
 ピタリと収まった嵐に顔をあげると、黒のスーツの後ろで、金色が揺れていた。ギュウと腕にしがみつくようにしてザンザスを制止しながら、綱重は言った。
「早く、行ってくれ」
 声の懇願するような響きに思わず息を飲む。そしてその間も、怒りに燃えた深紅の眼光は今にもまた襲ってきそうなほど鋭く尖って、スクアーロを見下ろしている。
 選択肢は、存在しなかった。


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