20

 何度か酒を口に運んだあとでスクアーロに向き直った綱重は、真顔で答えた。
「そりゃあ僕も一応隊員だし? ボスの側にいるのは当たり前だろ」
「う゛お゛ぉいっ! そういうことじゃなくてだな!」
 眉をつり上げて、詰め寄るスクアーロに綱重はケラケラと笑ってみせる。
「オレは真面目に聞いてんだぞぉ」
「はいはい」
 再び、グラスの縁に唇が触れる。その中身が口内に流れ込む前に、スクアーロは綱重の腕を掴んだ。一瞬で不機嫌そうに細められた目に気づかないふりで、もう止めとけ、とグラスを取り上げる。
「何すんだよ!」
「ガキにはもう十分だろぉ」
 スクアーロは立ち上がり、グラスをベッドのちょうど反対側の壁にある暖炉の上へと追いやる。
「……いいもんね、別に」
「う゛お゛ぉい!」
 言葉に不穏な響きを感じて振り返ったスクアーロの目に飛び込んできたのは、ボトルに直接口をつけている綱重の姿。慌ててベッドの上へと舞い戻り、手を伸ばす。綱重は何が楽しいのか笑いながら、身を捩ってそれを避ける。
「大人しく渡せぇ!」
「や〜だよ」
 猫がじゃれあうが如く、二人の攻防は暫し続いた。避けながらもボトルの口を銜える綱重に、スクアーロは少し苛立った様子で舌を鳴らし、それまで以上に素早く手を伸ばす。それは何とか避けてみせた綱重だったが、瞬間、体勢を崩してベッドに倒れ込んでしまう。仰向けに転がった綱重にスクアーロはすぐに覆い被さって、動きを封じこめた。
 ようやく捕まえたものの、しかし、こうして押さえつけておくのが精一杯だった。酒を取り上げようと片手を離そうものなら、綱重はその一瞬の隙を逃しはしないだろう。体の下から抜け出して、これ見よがしに酒を煽るに違いない。
 細い手首をシーツに縫い付けるように押さえ込んだまま、スクアーロが口を開く。
「お前弱すぎねえか」
「今日、何も食ってないから回るの早いのかも」
「あぁ?」
「ベルに朝食兼昼食を盗られて、食う気なくなった」
「何してんだぁ」
「僕じゃなくて泥棒王子に言えよ」
 綱重はムッとした表情を浮かべると、今現在、唯一動かせる首を捻り、自分を押さえ込む手にガブリと噛みついた。
「ッ痛……! てめぇっ!」
「隙があるのが悪い」
 得意げに言い切る綱重に、スクアーロは真面目に怒るのも馬鹿馬鹿しいと、小さな息を吐く。

 元々、幼い顔つきをしている綱重だ。こんな風に手を焼かされると、実際には少ししか違わないのに、もっとずっと年下の小さな子供に思えてくる。更に、もしかしたらこれが本来の綱重なのかもしれないなどとふと考えてしまう自分に、スクアーロは苦笑した。いくら幼い容姿をしているからといって、綱重はれっきとしたボンゴレの元10代目候補であり、この数年の間、最強の暗殺部隊を率いていたのだ。そして今もなおこの暗殺部隊に籍をおいている青年をつかまえて、小さな子供と形容するのは本当に可笑しな話だ。
 普段、綱重は、年齢よりも幼く見える外見を、その言動で補うかのように落ち着いている。だがけして、無理をして、そう振る舞っているわけではないだろう。初めて会ったときから綱重はそうだったのだから。
 綱重――そのときは名も知らぬ少年――は、ある日突然現れて、活動を再開したければ自分の下につけと言い放った。年齢よりも幼く見える顔で、その年齢からは驚くほど毅然で端然とした物言いだった。
 無論、何を馬鹿なことを言っているんだと思った。門外顧問の息子で、10代目候補だと聞いてからは尚更反発した。スクアーロにとって従うべきはザンザスだけであり、いつかザンザスの野望を果たす、そのためだけに、ボンゴレに飼い殺しにされてきたのだ。ザンザスがいないなら自由など意味がない。冗談じゃない馬鹿にするな、そう言いかけて、しかし寸でのところで飲み込んだ。綱重はどう見ても、頭も、力もない子供だった。あるのは、9代目や門外顧問に通じるコネクション、それだけに見えた。上手くすればザンザス復活の取っ掛かりにできるのではと計算する。
 そしてスクアーロは頷いた。利用してやろう、そう思ったのだ。


prev top next

[bookmark]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -