19

 要らないと言うのに部屋までついてきて、更に手当てをしてやるなどと言い出したスクアーロに、綱重は首を振る。
「骨も折れてないし、必要ない」
 だがスクアーロは部屋を出ていこうとはしない。あのアルコバレーノに言われたことにまだ腹を立てているらしく、不機嫌な顔で、さっさと怪我を見せろと迫ってくる。
「いいって、本当に」
「うるせえっ」
 どうやらスクアーロは、アルコバレーノに何も言い返さなかった綱重にも怒っているようだった。怒るタイミングを逃したのは誰の所為だと思うが、言っても聞きはしないだろう。
 綱重はハァ、と溜め息を吐いて、雨に濡れた髪をかきあげる。
「わかった。でも先にシャワーを浴びさせてくれ」

×

 バスルームから出てきた綱重は、救急箱を脇に抱えて、それと一緒に持ち込んだのであろう酒を煽っているスクアーロに、呆れた様子で笑みを零した。
「風邪引くぞぉ」
「ん、」
 綱重は頷いて、濡れたままの髪を肩にかけていたタオルで軽く拭う。そこじゃない、とスクアーロは思う。いや、そこも、なのだが。
 綱重は下はスウェットを穿いていたが、上半身には何も身につけていなかった。まあ、これから手当てを受けるのだから、裸の方が都合がいいのは確かだ。
 細身ながらも、よく鍛えられた筋肉が見てとれる。髪から零れ落ちた水滴が、そんな引き締まった体躯を伝うのをスクアーロは思わず目で追った。肌が白い所為で、体に残る擦り傷と、青あざがよく目立つ。それらは先程出来たものだけではないだろう。きっと、ザンザスが目覚めたあの日から、綱重の体には絶えることなく傷跡があるに違いない。
 昨夜、ベルが指摘したように、避けられないわけではない、と思う。綱重の実力は知っている。確かに、真剣に殺りあったならば、ザンザスどころか幹部の誰にも敵わないだろう。だがけしてやられっぱなしではないはずだ。少しの運が向けば、もしかしたら勝機は綱重にあるかもしれない。炎を蓄積した弾丸の威力は洒落にならないことを知っているし、何よりボンゴレの血が与えた感覚は侮れない。普段突出したものが見られないからこそ、いきなり鋭くなった動きで攻撃を避けたり、思いもよらない場所から攻めいられるのは、かなり胆が冷えたりする。――避けられないわけは、ないだろうに。
 そこまで考えて、避けたら避けたで更に酷い目に合うかもしれない、とも思う。綱重に拳を振るうザンザスは、いつもの些細なことで周りに当たり散らす暴君のそれとは違うと、今夜の諍いを見て気がついた。あのときザンザスからは綱重へ向かう抑えきれない怒りが感じられた。攻撃を避けても、その倍の威力で叩きのめされる恐れがある。ただし、だから綱重は攻撃を避けない、とは、とても思えなかった。
 鳩尾に残る痛々しい痣を見つけ、スクアーロは眉を顰める。綱重は、ザンザスからの暴力を甘受している、そう思えてならない。
 ふと視線をあげると自分を見る胡乱げな瞳と目があって、スクアーロはたじろいだ。綱重は腕を組み、さりげなく胸を隠しているようにも見える。
「それ以上見るなら金取るぞ」
「なっ!! オレは別にだなぁ……!」
 思わぬ言葉に、狼狽してしまったスクアーロの隙をつき、その手からグラスを奪い取ると、綱重は半分ほど残っていた中身を一気に飲み干した。
「う゛お゛ぉい、弱いって言ってなかったかぁ?」
「今日ぐらい、酔わなきゃやってらんねえよ」
 皮肉げに歪んだ唇に、スクアーロは口を噤む。
 グラスと、まだたくさん中身の残っているボトルを持ち、綱重はベッドの上に移動した。グラスに酒が注がれる。
「ツ……、弟と、戦ったって言ってたよな」
 救急箱を抱え直しながらスクアーロが頷く。
「ああ、話にならないぐらい弱かったぞぉ。今日とは、まるで別人だった」
「どうやったんだろうな」
 綱重は呟くように言った。
「どんな修行をしたら、あんな炎が出せるようになるんだろうな」
 カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。スクアーロはそっと綱重から顔を逸らし、ベッドの端に腰かける。
「アルコバレーノの、仕業だろうなあ」
「だろうな。……何にせよ僕には関係ない話だけど」
 ぐい、と綱重は酒を煽る。
「聞いても、きっと、お前には無理だって言って教えてくれないんだ。んなこと言われなくたってわかってるのに」
 そう言ってクツクツと喉の奥で笑う綱重にスクアーロは軽く眉を寄せる。まさかもうアルコールが回ったのだろうか。流石にそれはないだろうが、あまり飲ませていい精神状態ではないように思える。取り上げるべきかどうか逡巡して、結局、もう暫く飲ませておくことにした。更に、その間、救急箱には足元で休んでいてもらうことにする。
「……お前は、何でザンザスの側にいる?」
 今なら答えを聞けるような気がした。


prev top next

[bookmark]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -