「一人で歩ける」
支えようとする腕をそう断って、綱重は去っていった仲間たちに続こうと立ち上がる。
――しかし。
「待ってよ兄さん!」
小さな雷の守護者を抱えながらツナが叫んだ。兄のことが気になるものの怪我をした守護者を放ってはおけず立ち往生している。そんな弟を見つめたあと、綱重は横にいるスクアーロに視線を移した。スクアーロは綱重がこれから何を言おうとしているのか解っているようだった。元々鋭い眼が更に鋭くなって綱重を見返す。
「だめだ」
まだ何も言っていないのに、そう言われてしまう。
「数分でいい。すぐに追いかける」
「ザンザスが許さねえ。どうしてもと言うならオレもここにいるぞぉ」
好きにすればいい、と吐き捨てて、綱重は弟の方を振り返った。
「なに、ツっ君」
ツナの大きな瞳が見開かれる。
「10代目、アホ牛はオレたちが……!」
言葉に頷いて、ツナは兄の元に慌てて駆け出した。しかしすぐに綱重の横にスクアーロがいることに気づき、足を止める。
綱重は、フッと笑みを浮かべた。
「こいつのことは気にしなくていいから」
兄の優しい声音に、ツナは安堵するよりもまず戸惑いを隠せない。足は進めたものの、目を泳がせ、口ごもる。避雷針を壊した先程の姿が嘘のようにツナはおどおどした態度で兄のことを見上げた。
「兄さん、あの……大丈夫、なの?」
他にも聞きたいことはあるだろうに、と綱重は内心苦笑する。同時に、色んな意味が含まれているのかもと思い直したが、それには気づかない振りで答えた。
「問題ないよ。多少怪我をしても……今後も、僕が戦うことはないし」
「守護者じゃないのか」
驚いた声でそう問うのは、家光だ。
「あいつが僕なんかを守護者にすると思う?」
黙り込んでしまった父に、綱重は可笑しそうに目を細めた。
それから、静かな声で尋ねる。
「本当に戦うつもりなのか」
ツナの肩が揺れるのを視界の端で捉えた綱重は、努めて柔らかい笑みを弟に向ける。
「ツっ君は、ボンゴレを継ぐ気なんてないんだろう? なら、棄権すればいい」
「……戦わなければ全員殺されるだけだ。ザンザスにな」
家光が答えた。その言葉を飲み込むかのように、綱重は、一度ゆっくり大きく瞬きをする。
「殺さないように、僕から頼んでみるよ」
「あの男がお前の言うことを聞くとでも?」
言いながら、父の目線が下に行く。すぐに、手の甲に残る赤い跡を見ているのだと気付いた綱重は、頭を振った。
「これは違う。あいつはナイフなんか使わないだろ」
正確にはナイフではないのだが、明晩に対戦を控えているベルの情報を敵側に漏らすわけにはいかない。もう一方の手で傷跡を隠しながら、綱重は父を見つめた。
「それでも、このまま勝負を続けるよりは可能性があると思わないか?」
「思わねえな」
ぴしゃりと言い放ったのは、それまで黙っていた小さなヒットマンであった。
「見ただろ、あの炎を」
ニッと笑みを浮かべるリボーン。明らかな挑発だった。解っていても綱重は眉を顰めざるを得ない。
「ツナだけじゃねえ。うちの守護者たちはスゲーぞ」
「……本気で言ってるのか」
「ああ」
赤ん坊は頷いて、その黒く大きな瞳で綱重を見上げた。
「もしこちらが支持する後継者がお前だったなら、棄権させたがな」
言われたことに怒りの感情を覚える前に、綱重はまず隣の男を押さえなければならなかった。
「何でお前が怒るんだ」
「うるせえ! 一ヶ月前まで上司だった男が馬鹿にされて、黙ってられるか! オレまで馬鹿にされたようなもんだろぉ!」
「え、」
そんな間の抜けた声を漏らし、ぽかんとした表情を浮かべるツナに、弟が何も知らないらしいことを綱重は察した。もちろん自ら説明するつもりはなかったが、とっくにアルコバレーノや父から聞いていると思っていたので多少の驚きは隠せない。
何とかスクアーロを諌めたあと、綱重は未だ呆けている弟の頭にポンと手を乗せた。柔らかい髪質は子供の時のままだ。だが、弟はもう小さな子供ではない。
あの美しい炎は目に焼き付いて、これから暫く離れないだろう。
「今のうちに母さんの作ったご飯をいっぱい食べておけよ」
そう言って頭を一撫でする。
これが自分に出来る、兄としての最後の優しさだと思いながら。