17

 ザンザスは言った。このまま終わらすのはつまらない、と。
 信じられない思いで、綱重はザンザスを見上げた。彼はいつもの不遜な顔つきで、嘲笑も交えながら続けた。9代目の身に何かがあったことを仄めかし、そして、決定的な言葉を口にしてしまう。綱重は立ち上がり制止しようとしたが、間に合わなかった。
「ザンザス! もう勝負は決まったんだ!」
 怒鳴らずにはいられなかった。残りの勝負も行い、向こうが勝ち越せば全てを渡すだなんて、そんな馬鹿な約束をする必要がどこにある。もうザンザスの指には、大空のリングがあるというのに。それ以外に何が要るというのか。綱重は必死に、ザンザスにすがりつくようにして、訴えた。
「もうこんな争奪戦を続ける意味はない! イタリアへ戻ろうっ、いますぐに!」
 ザンザスは、ゆっくりと綱重の方へと顔を向ける。
「……誰がテメーの意見を聞いた?」
 ゾクリと綱重の背筋を冷たいものが走った。そして次の瞬間、光球の炎によって、綱重の体は、給水塔の上から弾き飛ばされてしまった。
「兄さんッ!」
 ツナの悲痛な叫びが辺りに木霊する。
(クソッ……!)
 綱重は、無事だった。咄嗟に死ぬ気の力をコントロールし体の防御力を高め、更に後ろに身を引いたことで、衝撃の大部分から免れることに成功していたのだ。だが、このままでは――。
 下は固いコンクリートだ。このまま落ちるわけにはいかない。
 銃を取り出しかけ、すぐに、懐には昨夜から何もないことを思い出す。舌打ちと共に綱重のブーツに光が灯った。
 それは微かな、弱々しい炎だった。ツナやザンザスのそれとは比べ物にならない、炎と呼ぶのもおこがましいような小さな灯火。
 落下していく体を支えるには炎の力が足りないことは、誰の目にも明らかだった。綱重自身も、いや綱重が誰よりもよく解っていた。微かな炎は、雨の中で見ると一層弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。落下速度を下げることもままならない。ブーツに灯された炎は殆ど意味をなさないまま、綱重の体は、コンクリートの地面に叩きつけられた。
「が、は……っ」

「兄さん!」
「綱重!」

 カカカカカッッ!
 綱重に走り寄ろうとしたツナと家光の足元に、ナイフが突き刺さる。
「しししっ。うちの隊員に近付くの禁止ね」
 クルクルと手の中でナイフを遊ばせているベルを見上げ、親子は、足を止めるしかなかった。その隙にスクアーロが綱重の元へと駆け寄る。
「大丈夫かぁ」
 抱き起こす腕にしがみつき綱重は痛みに耐える。上手く息が出来ずに、ゲホゲホと咳き込んだ。生理的な涙で、視界が滲む。
 ただ、その滲んだ世界の中でも、紅い瞳が自分を冷たく見下ろしていることは、それだけは、感じられた。
「相も変わらず貧弱な炎だな。……弟にも劣るとは情けねえ」
 そのとき綱重の頬を伝ったのは、雨か、涙か――。誰にも、綱重自身にもわからなかった。


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