16

 雨の降りしきる並盛中学、屋上。
 綱重は、額に死ぬ気の炎を灯した弟を呆然と見つめていた。弟の手にはめられたグローブには大きな炎が宿っている。避雷針を溶かしたその炎にザンザスの炎のような激しさはない。だがそれは確かに――綱重が灯すことのできる炎の何倍も――力強く、そして何より、美しい炎だった。
 横でベルが、こんな炎が出せるなんて聞いていないと声を漏らした。それに対しスクアーロは黙ったままだったが、綱重は彼がけして情報を隠していたわけではないと理解していた。そんなことをしても何の利益もないだろうし、綱重はスクアーロがそんな真似するわけがないと信じていた。
 だが、そうなると、どうにも信じがたい。
(この短期間に、どうやって……?)
 スクアーロが偽のハーフボンゴレリングを掴まされてからまだ十日も経っていない。そのときの弟の様子を詳しく聞いたわけではないが、これほどの炎をグローブに灯したならば、そのことは必ず報告されていただろう。
(そのときは本気を出していなかったのか?)
 そうであって欲しい。そう思いたい。
 しかしすぐそこで得意気な笑みを浮かべている赤ん坊の姿がそれを否定する。
「……どう、やって……」
 綱重は、無意識に呟いていた。
(どうやったら、何をしたら、あんな炎が出せるように――)
 ギュッと握り込んだ拳が震える。弟から、炎から、目が離せない。二日前、ザンザスに一睨みされただけでへたりこんでいた姿はどこにもなかった。
 綱重のなかの『弟』が、音を立てて崩れていく。何かあればすぐに泣き出してしまう、小さな子供。歩くときは、手を引いてやらなければならなかった。守ってあげなければならない存在。それが綱重のなかの弟、綱吉だったのだ。
 綱重の顔が歪む。これは、完全に、ザンザスが目覚める前に弟を葬っておかなかった自分のミスだ。今まで、あのアルコバレーノといえども弟を鍛え上げることはできないと高をくくっていた。いや、言い訳にしていたのだ。アルコバレーノがいるから、9代目の監視があるから、色んな理由を見つけ、躊躇い、決断出来なかった。
 ツナが何事か話しているが、炎に目を奪われている綱重の耳には何も入ってこない。
 自分には一生灯すことは出来ないだろう美しい炎を見ていると、言い知れぬ感情が沸き上がってくる。なんだろうかと胸に手を当てて、考える。
(ああ、そうか)
 答えはすぐに出た。
 成長した弟の姿、それだけに衝撃を受けたのではないと綱重は気がついた。
 今まで、炎の力が弱いのはこの身に流れるボンゴレの血が薄い所為だと心のどこかで思っていたのだと。だからツナには無理だと、ツナも無理だろうと、そう考えていたのだと。愚かな自分をようやく自覚する。
 血統など何の意味もないと解っていたのに。
 ずっと、納得できる理由が欲しかった。探していた。
 だがそんなものは最初から存在しなかったのだ。
(出来損ないなのは、僕だからだ)
 奥歯を噛み締めたそのとき、目の前でツナの体が吹き飛んだ。綱重は、いやその場にいる皆がそちらを仰ぎ見た。
 給水塔の上から降り注ぐ鋭い眼差し。
 ――ザンザスだ。

 雷のリング、そして大空のリングがヴァリアー側に渡ることが宣言された。抗議するバジルに、失格は当然だと冷静に答えながら、チェルベッロはツナの首にかけられたリングに触れる。
「――待て」
 制止する声に、誰もが驚愕し、振り向いた。ツナ側も、ヴァリアーも、そしてチェルベッロも驚きの表情を浮かべ、まじまじと声の主である男を見上げた。
 彼は、そんな周りを気にした様子もなく、口を開く。
「綱重」
 くい、と顎でツナを示す、ザンザス。
「取ってこい」
 まるで犬にでも命令するような、そんな口調だった。
 綱重は小さく息を吐く。だがそれだけで、あとはまさに忠犬のごとく、言われるがまま、弟の元へと歩み寄った。
「に、兄さん……」
 綱重は黙ったまま、弟の胸元に手を伸ばす。
 兄の手が微かに炎を纏っていることに、ツナは驚き、身じろいだ。その間にも細いチェーンは簡単に焼け切られ、大空のリングが綱重の手中に転がる。きゅ、とリングを握りしめ、綱重は、雨に濡れた地面を蹴った。
 給水塔に立つザンザスの足元に、綱重は当然のように跪く。うやうやしく差し出されるは、ハーフボンゴレリング。
 それはザンザスの指に嵌められていたもう一つのそれと一緒になり、完全な姿となる。
 つい数日前にも見たその光景を、綱重は跪いたままで見つめた。


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