15

「誰かさんがお咎めなしだったせいで、レヴィのやつ、めちゃくちゃストレスたまってるみたいだぜ」
 声に振り向けば、いつの間に室内に入り込んだのか、ベルが扉を背にして立っていた。
「ボスはなに考えてんだろうなあ。一隊員をヒイキしたりしたら、周りに不満が募ると思わね?」
 長い前髪の奥から、綱重の反応を伺う鋭い視線が覗いた。
 綱重の顔には何の表情も浮かんでいない。逆にとても不自然なほどに、何も。精巧にできた人形のような無表情のなか、長い睫毛だけがゆっくり上下し、ガラス玉のような瞳がじっとベルを見つめる。
 ベルの唇がニィと大きく弧を描き、白い歯が煌めいた。
「ま、オレは面白ければなんでもいいけど」
 言いながら、ゆっくりと歩みを寄せ、机の上にある手付かずの皿を持ち上げた。隣には椅子があるというのにわざわざ机に腰掛けたベルは、綱重に見せつけるようにして、皿に盛ってあったパニーノを頬張りはじめた。
「……行儀が悪い」
「王子に注意とか百年はえーし」
 王子だからこそ礼儀作法には気を遣うべきではと思わないでもなかったが、こんなことはいつものことだと言葉を飲み込む。同時に口の中のものを飲み込んだベルが、口を開いた。
「――で? なんでヒイキされてんの。何したのお前」
「面白ければいいんじゃないのか」
「これはただの好奇心ってやつ」
 クス、と綱重が笑いをこぼす。
「なんだよ?」
「いや、マーモンもそんなこと言っていたな、と思って」
「げ。あのチビと一緒かよ」
 いらねー情報どうも、と軽く言いながらも、前髪の奥から瞳が真剣に答えを促しているのを感じて、綱重は小さく息を吐いた。
「ザンザスの考えがあるんだろ。たまたまそれと重なっただけだ。贔屓なんかじゃない」
 ふーん、とつまらなそうな声を出し、ベルはまた一口、パニーノを食べる。
「つーか、ずっと聞きたかったんだけど、綱重とボスってどーゆー関係?」
「子供のときからの付き合い」
 簡潔な答えに、やはりふーん、とつまらなそうな声で相づちを打つ。そして更に続く言葉を待ったが、綱重はそれ以上語ろうとはしなかった。ベルが諦めの息を吐く。
「……ボスの子供時代って全然想像つかねー」
「今とそう変わらないさ」
「へえ」
「いや、変わったかな」
「どっちだよ」
「どっちだろ」
 クスクス笑いながら、綱重は手元に視線を戻した。それに倣い、ベルもモグモグと咀嚼しながら視線を綱重の手元――手入れ中の長剣へと向ける。普段より念入りに刃が研きあげられているようだ。
 ベルの視線に気づき、今夜は僕も観戦するから一応な、と綱重が説明する。
「え、見に来んの」
「悪いか」
「ボス、怒らね?」
「お前らと一緒なら止めないだろう」
「――やっぱヒイキじゃん」
「どこが」
 むしろ逆だろう。ザンザスは、綱重が余計なことをしないように、幹部たちの側に置いているのだ。そのおかげで、今でも幹部のような顔をしていられることは事実であったが。
 金色の髪の上で、王冠が不満げに揺れる。
「あと、あのムッツリヤローが妙にはりきりそうでウザいんだけど」
「……だから行くんだ」
 敵視している綱重に自分の力を見せつけようと、レヴィはいつも以上に必死になって戦うだろう。もしかしたらザンザスが見に来るよりも、効果があるかもしれない。
「レヴィの相手がどんなのか知らねえのかよ。ガキだぜ」
「油断は禁物だ。ルッスーリアの二の舞になってもらっては困る」
「――あ、そ。なら、好きにすりゃいいんじゃね」
 そう言って最後の一口を口の中に放り込み、ベルが机から降りる。
「言われなくとも」
 扉に向かう彼から綱重が視線を外したその瞬間、ベルの手から放たれる銀色の輝き。
 綱重は慌てて剣を振るった。床にナイフが落ちる音と同時に、小さな舌打ちが聞こえてきて、思わず溜め息が漏れる。
「うししっ。怒るなって。――そういえば昨日、お前のこと探してたみたいだぜ、弟くん」
 パッと顔をあげた綱重に、ひらひらと手が振られる。
「じゃあまたあとでな、『兄さん』」
 しししっ、といつものように笑いながら、ベルは部屋を出ていった。


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