13

 あの日、ザンザスの足はまっすぐに自室へと向かった。そしていつものように部屋にいた綱重を、有無を言わさず殴り飛ばした。
 綱重は、普段はくるくるよく変わる表情を凍りつかせ、呆然とこちらを見上げる。
 何を怒っているの、と震える声が尋ねた。わかっているだろうとザンザスは怒鳴った。

 綱重は諦めが悪かったのではなく俺が10代目になれぬことを知っていたのだと、ザンザスは確信していた。
 怒りの感情で満ちた頭の中で、誰かが叫ぶのだ。今までこいつはこの俺を騙していたんだ。だから今綱重が何と言おうとどんな顔をしようとそれは全て演技だ。いつもこいつは影で俺のことを笑っていたに違いない。9代目の実子でもないくせに、と。

「わからないよ……ザンザス……なんで、こんなこと……」
 頬を押さえ、鼻と口の端から血を流しながら震える小さな体。哀れなそれを見、ザンザスの怒りは収まるどころか一層強まった。
 ――この俺を差し置いて、こんな奴がボンゴレを継ぐ?
 そんなこと絶対に許せるはずがなかった。


 あのとき綱重が本当に『知っていた』かなんて、今となってはどうでもいいことだとザンザスは思う。あれからもう八年が経っているのだ。
 この八年、綱重がどう過ごしていたのか。ザンザスが知っているのは、数年前に綱重はヴァリアーのボスに納まり、一時期10代目の座に最も近づいたものの斥けられたということだけ。そして、綱重はザンザスが戻るとあっさりヴァリアーのボスの座を明け渡した。だが、こうして日本にまで着いてきて、昨夜は、実の弟に銃を向けボスの座に執着しているような素振りを見せたりもする。
 それらが意味することは何か。全ての事柄と答えが簡単に繋がりそうだが、ザンザスは、けして繋げようとはしなかった。考えないように、頭の隅に追いやった。
 けれど琥珀色の瞳が、それを許してはくれない。

「なんか思い出すよな、こうしていると……昔のこと」
 綱重がそう言って、微かに唇を引き上げた。少年時代、何が楽しいのかいつもニコニコと浮かべていた無垢な笑みとは違う。こちらを見る穏やかな瞳が、八年の月日を、少年が青年となりそして今は確実にザンザスの『秘密』を知っている――そのことを、ザンザスに思い知らせる。
 空のグラスを机に叩きつけるようにして、置いた。
 新たに掴んだのは、綱重の胸ぐら。
 綱重の体が宙を舞った。そのまま、机を巻き込みながら背中から床に倒れ込む。痛みに呻く綱重。そのくせ、ザンザスを見上げる琥珀色の瞳に怒りは見えない。悲しみもない。穏やかなまま、ザンザスを見ている。ザンザスは顔を歪めた。
 ドクン、と心臓が鳴る。
「……めろ」
 床に転がっていたウイスキーのボトルを掴み、翳す。
「やめろ」
 綱重は、まっすぐに。
「見るな」
 まっすぐに、ザンザスを見つめ続ける。
「殺されてえのか!」
 ボトルが振り下ろされるのを綱重は身じろぎもせずに、やはりまっすぐ見つめていた。
 大きな音を立ててボトルが砕け散る――綱重の顔の横で。綱重は弾け飛んだ破片を頭を振って払い、頬に飛沫したウイスキーは手で拭った。
 それからようやく、目を伏せた。
「なあ、昨日、どうして、止めた?」
 ポツリポツリと呟くように綱重は話はじめた。
「あのまま僕が弟を殺してしまえば、リング争奪戦なんかする必要なかった。僕は10代目候補殺しで捕まって、いや、その場でお前が僕を処刑すればよかったんだ。そうすれば、そうしたら、」
 言いたいことの全てを口にすることはできなかった。腹を蹴られたのだ。
 込み上げる吐き気を堪える綱重の前に、手が差し出される。
「銃を出せ」
 綱重は戸惑い、しかし大人しく言葉に従った。懐から二丁の拳銃を取り出してザンザスの手に渡す。
「弾はこれだけか?」
「……部屋に、まだある」
 返事を聞き、ザンザスは真っ直ぐ扉へと向かった。そして部屋を出る瞬間、一度立ち止まり、首だけで振り返る。
「どうせ、弟を殺すなんて出来なかっただろ」
 綱重は、目を伏せたまま、何も答えなかった。


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