12

 綱重を助けたことは、ザンザスにとって正しい選択だったのだろう。
 9代目は、一人で動かずに誰かに助けを求めるべきだったと言ったあとで、しかしお前が息子であることを誇りに思うと、息子の行いを大層喜び褒め称えた。
 恩を売っておいて損はない相手である門外顧問からは、心からの感謝の言葉が送られた。
 ボンゴレの上層部では、元々高かった評価が更に上がったらしい。今回の一件で、今までザンザスの傲慢な態度を快く思っていなかった者に、ファミリーを大切にする一面もあるのだと示すこととなったのだ。

 ――しかし、ザンザスは、あの時の選択を心底後悔していた。

「ここがわかんない」
 机に広げた数冊の本のひとつをペン先で指し示しながら、綱重はザンザスを上目遣いで見つめる。その姿はまるで小動物か何かのように愛らしい。だがザンザスは、眉間に深く皺を寄せながらギロリと睨み付けた。
「家に帰ってテメーの家庭教師に聞きやがれ」
「だってあいつ、『何でこんなのも分かんないんだ?』って目で見てくるんだよ!」
「何でこんな簡単なもんがわかんねーんだ、カス」
 ぷくっと頬を膨らませる綱重にザンザスはうんざりした様子で溜め息を吐いた。

 あの日以来、ザンザスはこの少年に妙に懐かれてしまったのだ。どれだけ邪険にしても、綱重はザンザスの周りをまとわりつくようにして離れなかった。鳥の雛が生まれて初めて見たものを必死に追いかけるように、どこまでもついてこようとする。
 ここはザンザスの部屋だが、綱重は毎日のように入り浸っていた。勉強をしたり、勝手に持ち込んだゲーム機で遊んだり、いつも思うがままに過ごす。そして何をするにしろ、すっかり上手くなったイタリア語でザンザスに話しかけてくる。今のように勉強を教えてくれとねだったり、日本にいるという弟の話だったり、話題は色々だ。しかしどれも他愛もない話ばかりで、無理矢理聞かされる側としては堪ったものじゃない。
 もちろん、部屋に来るのを喜んで受け入れているわけではない。ずっと拒否し続けていたし、ちょうど一年前には、入ってこられないよう部屋にいくつも鍵をかけ、扉の向こうで騒ぐ綱重を無視したこともある。すると綱重は窓から入ろうと壁をよじ登り、見事に失敗して、腕の骨を折った。ザンザスにとって最悪なことに、その一件は9代目の耳に入ってしまった。
 そんなわけで綱重は、この屋敷の持ち主である9代目の許可を盾にし、ザンザスの部屋に堂々と出入りできるようになったのだ。

「イジワルだな。そうやって僕が10代目になるのを邪魔してるんだろ」
「くだらねえ」
 吐き捨てるようにザンザスは言う。そんな必要があるか、と。
 綱重の炎は驚くほど弱々しかった。年齢を重ねるにつれ成長するとも思われたが、これまでそのような兆しはない。
 テュールには、一向に上達しない剣技をついに見限られ、師弟関係を解消されていた。その後、射撃や体術も学んだが、剣同様、初めのうちは才能があるだの見込みがあるだのと言われるものの、途中で伸び悩み、どれも習得には至っていない。
「どう足掻いたって、テメーが10代目になれるわきゃねえ。無理なんだよ」
 この言葉を口にするのは何度目だろう。毎日のように言っている気もする。こいつの諦めが悪い所為だと、ザンザスは目の前の不満げな顔を見やる。綱重はいつもこうして不満そうな顔をするものの、けしてザンザスの言葉を否定しない。綱重は馬鹿ではない。自分の力量をよくわかっている。それでも綱重は諦めきれないのだ。
 ザンザスは、綱重のそういう所を嫌いじゃなかった。才能の無さを嘆くだけの負け犬よりかはずっといいと思っていた。
「ま、テメーみたいなドカスでも忠誠を誓うって言うなら、将来、側においてやってもいいがな。右腕は到底無理でも指ぐらいには使えるだろ」
「指ってなんだよ!」
 嫌いじゃなかった。嫌っては、いなかったのだ。

 変化は八年前――深い眠りについていたザンザスにとっては、約半年前のことだ。
 ザンザスは、真実を知ってしまった。
 衝撃、驚愕、そして彼の中には怒りだけが残る。


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