会場を脱け出し、バルコニーに出たザンザスは、冷たい夜風に頬を撫でられてそっと目を細めた。手には綱重から渡された箱がある。適当にその辺の人間を呼び止めて、処分を指示しようとした。けれど、箱は押し付けられたときのままザンザスの手から離れようとはしなかった。
手の中の物をじっと見つめるザンザスは、ふと、何かの気配を感じて階下へと視線を向けた。バルコニーの下は小さな庭園となっている。その緑の中で揺れる、金色がひとつ。
――見えぬところへ行けと言ったのに。
いや、綱重はザンザスの目の届かない場所を必死に探したのだろう。中庭は本来は立ち入り禁止であり、入れないようになっているはずだ。一体どこから外に出たのか。小さい体だけが通れる場所でもあったのだろうか。
綱重は、何をするでもなくぼうっと目の前の噴水を見上げていて、上にいるザンザスに気がつく様子はない。呆れの混じった溜め息を吐いて、ザンザスは手元の箱へと視線を戻した。
逡巡しつつ、ゆっくり蓋を開ける。
中には、色とりどりの紙で折られた、鳥、犬、ライオン……。オリガミというものだろうと頭の中の知識と目の前のそれを重ね合わせる。そのオリガミたちに埋もれるようにして、バースデーカードも入っていた。カードには、祝いの言葉とともに謝罪の言葉が子供らしい大きな文字で記してある。
『泣いてごめんなさい』
短い文章なのに、字がいくつか間違っていた。
「……」
ザンザスは暫くの間、それをじっと見つめていた。数分か、もしくは十数分、または数秒だったかもしれない。
次第に胸の裡で何かわけのわからないものが広がりだすのを感じて、ザンザスは顔を顰める。それは、初めて感じるもの。落ち着かなくて、それがとても不愉快で。
「……くだらねえ」
吐き捨てるようにそう呟いた。
右の手のひらに炎を集める。全てこの箱のせいだ。こんなものがあるからいけないんだ。確信に満ちた思いがあった。
燃やしてやる。全て、燃やし尽くしてやる。
ガサッ。
下で、何かが揺れる音がした。ハッとして顔をあげ、中庭へと視線を向けると――
「っ!」
彼らの姿を捉えたのは、ほんの一瞬のこと。黒服の男たちに口を塞がれ、暴れる手足を押さえられて、子供は、綱重は、視界からすぐに消えてしまった。
ザンザスは次の瞬間、後ろを振り返り、ガラスの向こうへと視線を向ける。パーティーの招待客はもちろん、警備として配置されている人間も誰一人として外の異変には気づいていないようだ。誰も綱重が浚われたことを知らない。ザンザス以外は、誰も。
新たな10代目候補に焦った輩の仕業か。いや、ボンゴレの敵対勢力かもしれない。何やら9代目や門外顧問、ヴァリアーまでもが動かなければならない事態が起きているらしいことを思い出す。どちらにしても、このまま自分が何もしなければ、もうあの子供を見ることはないだろう、とザンザスは考える。素知らぬ振りでパーティーの喧騒に紛れていればいい。気づいたらいなくなっていたと、そう証言すればいいだけ。
これでボンゴレ10代目は自分に決まりだ。
「……」
手の中には、まだ燃えていない箱がある。色とりどりのオリガミと、カードが入った箱が。
「…………カスが、」
ギリッと奥歯を噛み締める。次の瞬間、ザンザスは走り出していた。