10

 ザンザスと綱重の最悪の初対面から数ヶ月が経った、十月十日。
 ドン・ボンゴレの息子の誕生パーティーとあって、会場はたくさんのマフィア関係者で溢れていた。しかしながらその中に9代目の姿はない。ドン・ボンゴレは息子の誕生パーティーだからといって、仕事を放り出すわけにはいかないのだ。
「主役がどうしたんだ、こんなところで」
 壁に寄りかかり、何とはなしに会場を見渡していると、そんな風に声をかけられた。だがそちらを向いても誰もいない。次の瞬間、ポン、と肩を叩かれて、ザンザスは慌てて後ろを振り返った。
 どこか人を食ったような笑みがそこにはあった。目をやれば視線を外せなくなるほどの、人を惹き付ける何かを持つ男。しかしながら彼は目立たない。周囲に溶け込み、音もなくターゲットに近寄る技術を持っているからだ。
 ザンザスは、その男の名を知っていた。
「……テュール」
 剣の帝王と謳われ、暗殺部隊ヴァリアーを束ねるその男を、紅い瞳は臆することなく見上げた。
「何しに来た」
「ご挨拶だな。次期ボンゴレボスの誕生日を祝いにきたに決まっているだろう」
 ザンザスの眉間に皺が寄る。
「……ガキのお守り役に転職して忙しいと聞いたが?」
 日本から来た小さな10代目候補にあの剣帝自ら剣技を教えているらしい。ボンゴレ上層部内ではすでに彼を有力視する声が上がっている……そうわざわざ教えてくれた男はなんという名だったか。男のくせに女のような悲鳴をあげる奴だった。
 テュールのにやけた顔を見ていると、あのおしゃべり男に火をつけたときのように掌が熱くなる。そんなザンザスの怒りに気づいていないはずがないのに、テュールは更に笑みを深くした。
「そんなに恐い顔をするな。10代目になる男は余裕がなきゃいけねえよ」
 ククッと声を上げて笑ったテュールは、唐突に何かに気がついた様子で顔をあげる。
「――ようやく着いたな」
「あ?」
「それじゃ、あとはよろしく」
 頭に伸ばされた手を叩き落とし、ザンザスはテュールを睨み付けた。
「一体何の話だ」
「いや、門外顧問に頼まれていたんだけどな、オレも出なきゃならないんだ」
「だから何、」
「あいつは勘はいいんだけどな、如何せんまだ体がついていかねえ。門外顧問のご子息に何かあったら大変だろう? ということで頼んだぞ、10代目」
 言うだけ言ってザンザスの返事も聞かず、テュールは消えるようにその場を去っていってしまった。そして男と入れ違いに会場に現れたのは、小さな体。
 ――綱重だ。
 ザンザスの姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。目の前まできて、ぺこりと頭を下げる。
「あ、あの、おたんじょうび、おめでと、」
「テメーなんぞに祝われても嬉しくねえ」
 きょとんとした顔で動きを止める少年。琥珀色の瞳が不思議そうに見上げてくるのを見て、ザンザスは相手に言葉が通じていないことにようやく気がついた。
「目障りだと言っているんだ」
 母国語で放たれた冷たい言葉に、綱重はびくりと肩を揺らした。それをザンザスの鋭い眼が見下ろす。
(ボンゴレを継ぐのは、この俺だ。俺以外のはずがねえ)
 初代の血が少しばかり流れているだけのこいつに、9代目直系の自分が劣るはずがないのだ。
「さっさとここから失せろ、カスが」
 瞳に怯えの色を走らせ、身を縮こませながらも、綱重は恐る恐るといった様子で、小さく首を横に振る。そして、下手な発音のイタリア語でいくつかの単語を口にした。
「来る……ここ、だから」
「何が言いたい」
 せっかくこちらが分かる言葉で話してやったのにどういうつもりだ。ザンザスのその苛立ちを感じ取ったのか、綱重は慌てた様子で、釈明した。やはりたどたどしいイタリア語で。
「イタリア語……練習……日本語、だめ」
 つまり、イタリア語を習得するために日本語は禁止されている、らしい。ザンザスがそれを理解したところで綱重は再びいくつかの単語を口にする。繋ぎあわせると、迎えが来るまでここに居るよう言われている、らしい。
 チッと小さく舌打ちして、ザンザスは綱重に背を向ける。
「それならせめて俺から見えない場所にいけ」
 が、すかさず、ぐい、と袖を引っ張られ、ザンザスは眉を寄せながら振り向いた。
「おめでと、ございます」
 綱重がそう言って、無理矢理ザンザスの手の中に押し込めたのは、小さな箱だった。驚くザンザスに綱重はまたぺこりと頭を下げると、大人たちの隙間をぬってどこかへ走っていった。


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