09

 ノックもせずに部屋に入ってきた青年にザンザスの鋭い視線が突き刺さる。だが青年――綱重は、視線を軽く受け流し、ザンザスが座る椅子の斜め横にあるソファーに腰かけた。
 ぐい、とザンザスがグラスを呷る。彼の喉がアルコールを嚥下するのを眺めながら、綱重は口を開いた。
「見に行かないのか?」
「カスどもの戦いなんぞ見て、何になる」
 尊大な物言いに綱重の目が細められる。
「そうだな。必要なのは大空のリング、それだけだ」
 ピクリとザンザスの眉が動いた。それに気づいているだろうに、綱重の手がウイスキーのボトルに伸びる。しかし触れる前に、取り上げられた。
「何の用だ、綱重」
「……いつものことだろ、僕が、意味もなくお前のところにくるのは」
 琥珀色の瞳はまっすぐにザンザスを見つめているというのに、ザンザスにはそれがどこか遠くを見つめているように思えてならなかった。確かに綱重は自分を見ている。しかしそれは自分であって自分ではないと、ザンザスは感じていた。なぜならば、ザンザスもまた、目の前の青年に在りし日の少年の姿を見ていたからだ。


 ――二人が初めて会ったのは、ザンザスがまだ少年と呼ばれる年齢だった頃。
 その小さな子供は、ある日突然ザンザスの前に現れた。門外顧問である父親に促され拙いイタリア語で挨拶する子供と、その手を握り歓迎の言葉を口にする自分の父を、ザンザスは信じられない思いで見つめていた。彼の中にはすでにボンゴレを継ぐのは己しかいないという自負があったし、ザンザスの他にももう候補者が三人ほどいるからだ。これ以上候補者を増やす理由は、ただひとつ。この小さな子供に10代目になる見込みがあるということに他ならないからだろう。
 カッと頭に血が上った。以前なら間違いなく噴き出していただろう手中の炎はなんとか抑えることができた。だが感情は燻ることなく、ザンザスの中で燃え盛った。紅い瞳のなかで炎が燃え、小さな体を睨み付ける。その刺すような視線に気がついたのか、子供はふとザンザスの方を振り返り――そして、その大きな瞳を更に見開いたかと思うと、盛大に、泣き出したのだった。
「おいおい、いきなりどうしたんだ、綱重」
 綱重はわあわあと泣きながら、ザンザスを指差し、イタリアで暮らすものにとっては何やら耳慣れぬ言葉を口にする。
 9代目がそれは何かと尋ねれば、泣きじゃくる息子をあやしながら門外顧問が答えた。
「ははは、日本で放送している子供向け番組に出てくる、悪の親玉の名前です。そういえば少し似ているかも……?」
 ザンザスは、今度は我慢をしなかった。
 掌に炎を灯し、その手で今まで自分が腰かけていた椅子を掴む。
 9代目が止めようとしたが間に合わず、椅子は炎を纏ったまま門外顧問とその息子に向かって投げつけられた。それを門外顧問が息子を抱き上げながら軽々避けたことを背中で感じながら、ザンザスは自分を呼び止める父の声も無視し、その場をあとにした。


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