VARIA OF THE DEAD

WARNING
ヴァリアーがゾンビ化します。
夢主、キャラ共に欠損描写があります。
ザンザスが夢主を手にかける描写があります。
夢オチです。


 最初の異変は、ルッスーリアの“コレクション”がひとつ、消えたことだった。
「昨夜持ち帰ったボディがないのよー! 私の愛しの彼を盗んだのは一体誰!? 見つけ出して踏んづけてやるわッ」
 騒ぐルッスーリアをまともに相手にしたのは報酬目当てのマーモンくらいである。誰が好き好んで死体なんて盗むというのか。
「ルッスーリアが嫌で逃げ出したんだぜ、きっと」
 ベルの皮肉に然もありなんと笑うヴァリアー幹部たち。
 こんな平穏な日が訪れることはもう二度とないのだと、このときはまだ誰も思っていなかった。

「くそっ、やっぱり携帯繋がんねー!」
 壁に向かって投げられた端末は派手な音を立てて砕け散った。
「ベル。落ち着きなよ」
「痛くてたまんねえんだから仕方ないだろっ! 役立たずは黙ってろ!」
 ム、と唇を引き締めたが、マーモンは何も言い返さなかった。ベルの右腕が――肘から下の部分だ――失われた原因が己であることは明らかだったから。
「ベルちゃん。顔が赤いわ。熱があるんじゃない?」
 ルッスーリアが心配そうに、またそれ以上に言いにくそうに、言葉をかける。
 室内に緊張が走った。ベル本人は怯えを露わに、首を横に振る。
「う、腕、切り落としたからだ……だから、」
「そうね。痛みも出てきたみたいだし、もう一度薬を飲んだ方がいいわ」
「……」
 ベルは、落ち着く、というよりも意気消沈した様子で椅子に腰を下ろす。
「あっ、その前にご飯食べなきゃね。そろそろボスも起きると思うし作ってくるわ」
 キッチンへと向かうルッスーリアの足取りは軽かった。その手に木製のバットを握ってさえいなければ、いま起きている現実を忘れそうになるほどに。
「隊長、テレビ消して。ムカつくから」
 スクアーロは黙って、ベルの言う通りにした。彼もまた、同じ文言――ただいま放送を休止しております。しばらくお待ちください――しか映らない液晶にうんざりしていた。昨日まではまだ、見慣れたアナウンサーがこう喚いていた。「死者が人々を襲っています! この現象はイタリアだけではなく世界中で起こっているようです!」
 ここヴァリアーでは、レヴィの隊の者が最初の犠牲者だった。集合時間に現れなかった隊員を自ら探しに行ったレヴィが、“生ける屍”となっていたその男に噛まれた。男はすぐに始末されたもののレヴィはその夜酷い熱を出し、朝には彼もまた、生ける屍となっていた。レヴィと同じく噛まれてしまった数人の隊員も同様で、飢えた獣のごとく襲いかかってきた。
 彼らに話は通じない。理性もなく、ただ人々を喰らう為に動いている。これについては、あのレヴィがザンザスに襲いかかったのだから間違いないと言える。
 そして、彼らに噛まれた者は、高熱に苦しんだのちに死に至り、生ける屍になるのだ。
 相手がただの一般人なら何の問題もなかった。だが相手は死したとはいえヴァリアーの精鋭。最悪なことに運動能力は生前と変わらないらしく、幹部たちでも、動き回る死者の駆逐には手間取った。何しろ彼らはすでに死んでいるから殺せないのだ。頭を潰すしかその行動を止める手立てはない。幻術すら効かなかった。
 これらの情報は当たり前だが誰かに教えてもらったわけではない。実戦の中で徐々に理解したことだ。
 マーモンを庇ったベルが腕を噛まれたのは昨夜。即座にスクアーロが彼の腕を切り落とした。今のところ、ベルは正常だ。人肉を欲しがったりはしていない。
 唐突に、静寂を銃声が切り裂いた。それも二発、三発と立て続けに聞こえる。
「チッ。どこの馬鹿野郎だぁ!?」
 大きな音は死者を引きつける。故に、始末するときには何かで頭を殴打するか、突き刺すよう、指令を出していた。大方、慌てた隊員が銃をぶっ放したのだろうとスクアーロたちは思った。
 だが、現場に駆けつけた幹部たちが見たのは予想もしない光景だった。
「綱重!? お前……ッ、噛まれたのかぁっ!?」
「……避けたと思ったんだけどね。死んでも速いなんて流石ヴァリアーだな」
 床にへたり込んでいる綱重の傍らには額を撃ち抜かれた隊員が倒れていた。“動かない死体”と化したその男の顔を確認して、スクアーロが舌打ちする。俊敏さを売りにしていた男だった。スピードだけならば幹部にも匹敵する実力を持っていた。綱重が完全に避けきれなかったのも納得だ。
「……ベル、その腕はどうしたんだ……?」
「オレも噛まれた」
 綱重の顔が強張る。
「けど、大丈夫。すぐに切断したから」
 ベルの言葉はそれだけだったが、綱重は理解した。
「――わかった。やってくれ」
 噛まれた足を投げ出して、スクアーロを見上げる。琥珀色の瞳に一切の怯えは見えなかった。

「なんでだよ!」
 ベルの悲痛な叫び声は死人たちを引きつけかねなかったが、誰も止めようとはしなかった。皆が同じ気持ちだったのだ。
「オレは大丈夫なのに! なんで綱重は……!」
 それ以上はもう言葉にならない。
 ルッスーリアがそっと最年少幹部の肩を抱く。スクアーロは苛立ちを隠しもせず、酒を呷った。そしてマーモンは、隣室に続く扉を見つめていた。
 扉の向こうでは、熱が上がり、意識を失うように眠りについた綱重にザンザスが付き添っていた。
「…………ベ、ル……?」
 届いた声に反応し、薄っすらと開く瞼。
「いいから寝てろ」
 ザンザスの言葉に一瞬の間を置いて――理解するのに時間がかかっている――綱重は緩く首を横に振る。
「そばに……いてくれたんだ……」
 うれしい。ありがとう。言葉がたどたどしいのは高熱の所為だ。綱重自身もそれに気がついたのだろう。
「あつい」
「当たり前だ。足を一本失くしたんだからな」
 ザンザスが額に触れてやると「冷たくて気持ちがいい」と、うっとり目を閉じた。そのままうわ言のような声音が言葉を紡ぎ出す。
「そうだ、足、なくなっちゃったんだ……忘れてた……」
 琥珀色の瞳から大粒の涙が溢れた。目尻から次々に伝い落ちる水滴をザンザスの唇が受け止める。
「心配するな。大したことじゃねえ」
 こくこくと頷いて、けれど綱重が泣き止むことはなかった。
 全世界で起きた現象は、当然ヴァリアーだけでなくCEDEFでも起こっていた。死人に噛まれた人間がどうなるか綱重もしっかり見て、知っている。
 これは足を喪失した故の熱じゃない。
 ザンザスの言葉は気休めに過ぎない。
 信じれば、もしかしたら言葉が真実になるかもしれないとも思うが、そう願った時点で、それはもう真実から程遠い。
「……お願いが、あるんだ……」
「やめろ」
 ああ、やっぱり、彼ももう結末が見えているんだな。素早い拒絶から読み取って、綱重は微笑んだ。やめろ。ザンザスが呻くように繰り返した。
「お願い。聞いて」
「嫌だ」
「ザンザス」
「聞きたくない」
 “見たくない”の間違いだ。辛い現実から、目を逸らしたいのは綱重も一緒だった。涙を拭う。滲んでいた視界が開けたので、愛しい人の顔をしっかりと捉えた。これが最後になるから。
「ザンザスを喰おうとする自分なんて考えたくもない」
 声を震えないようにするのが精一杯だった。
「僕は人間のまま死にたいんだ。ザンザスのことを愛したままで」
 ――だから、僕を殺して。
 状況に似つかわしくない至極甘い声で綱重は囁くと、そっと唇を寄せた。返答は必要なかった。言葉はいらない。こうして触れ合えばそれだけで十分伝わるから。愛してる、と。
 それは今までしたどんな口付けよりも長く激しく、しかし、甘やかだった。
 ザンザスは綱重を左腕で掻き抱きつつ、右手で銃を取り出した。
 綱重の頬を涙が伝う。
 唇を合わせたまま、ザンザスは綱重のこめかみに銃口を押し当て――……


「あははっ。寝る前に観たのが失敗だったね」
「るせえ!」
 殴られてもなお綱重は笑いを抑えきれなかった。夜中、突然足を掴まれて起こされたときには本当に心臓が止まるかと思うくらい驚いたのだから、もう少し笑い続けても許されるはずだ。
 綱重の同僚・オレガノの勧めで観た、海の向こうで制作された連続ドラマ。ゾンビが蔓延する荒廃した世界で必死に生きる人々を描いた物語だ。死体を見慣れている二人でもグロテスクだと思う映像は、ヴァリアー本部の映画館並みに巨大なスクリーンと音響設備も相俟って、かなりの迫力だった。それこそ夢に見てもおかしくないくらいに。
「馬鹿にしてるわけじゃあないよ。実は僕もゾンビに追いかけられる夢を見ていたんだ」
 追いつかれて足を掴まれたところで目が覚めた。飛び起きて、己の足を掴んでいるザンザスを見てまた驚いた。
 一体何をしているのかと尋ねれば、すんなりと答えが返ってきた。あのときザンザスはまだ寝ぼけていたのだろう。今になって後悔しているようだ。彼が話したのは夢の内容だけだが、綱重に足がついているかどうか確かめた、そう言ったも同然だから。
「怖かったなー。ザンザスが見た夢に比べたら全然リアルじゃないけど。どこか知らない場所でただただ逃げ回るだけの夢」
 本当に怖かったー、と言いつつも綱重に怯えの色は見られない。ニコニコと笑っている。
「……誰にも喋るなよ」
「言わないって」
 夢の中の出来事とはいえ、ザンザスを襲ったと聞いたらレヴィは自決してしまうかもしれない。笑いごとではなく、レヴィならやりかねないと綱重は真面目に心配していた。
 綱重自身ちょっぴり傷ついたのだ。
 夢でくらいザンザスを助けるヒーローになりたかった。だけど、避けきれないなんてすごく自分らしいな、などと納得もしてしまって、それがまた悔しい。
 どこも怪我などしていない、健康な両足を見せつけるようにシーツの上に投げ出して、綱重はザンザスに言った。
「もしもそんな状況になったとしても、僕はザンザスに手間をかけさせたりしない。必ず自分でかたを付けるよ」
 ザンザスは綱重に覆いかぶさり、ドカスが、と吐き捨てた。
「テメーは最期まで俺のもんだろう。俺にやらせろ」
 そして二人は、夢に負けないくらい、長くて激しい、甘いキスをした。


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