35

 綱重のリングが放った橙色の炎を真っ赤な炎が蹴散らすまで僅かに十秒前後。
「バーロー! そんなチャチな攻撃でこの俺を倒せると思ってんのかッ?」
 吼えるザクロ目掛けてトナカイが突進する。ドガン、と大きな衝撃音。一瞬、突き出した角が男の体を貫いたように見えたが、煙の中から現れたザクロに怪我はない。遅れて、ザクロの後ろに位置していた部屋からルドルフが戻る。壊した扉をもう一度破壊しながら、通路にいるザクロへと再び攻撃を繰り出した。
 ブワッと膨れ上がるように、トナカイの角に灯る炎が勢いを増す。綱重が床に倒れているスクアーロの体を抱えるのとほぼ同時に、上下に位置するフロアをも大空の炎が飲み込み、アジト全体が衝撃に震えた。
「くっ……!」
 間一髪で張った雷属性のシールド越しに、綱重はザクロの姿を探す。
「やったか!?」
 希望的な言葉を口にしつつも、粉塵の向こう側にありったけの弾丸を撃ち込んだ。当てずっぽうの攻撃が、運良く敵の体を撃ち抜くことを祈りながら。
 カートリッジが空になると、今度はすかさず匣を手にした。

「ルドルフ!」
 トナカイの背に、意識のないスクアーロを乗せるのは苦労した。どうにかこうにか逞しい剣士の体を押し上げ、続いて自分も背に跨がる。疲労困憊といった様子の主人に気を遣ったのか、ルドルフは命令を待たずに、鼻を光らせて浮き上がった。
「そうだ……早くここから、離れないと……っ」
 荒い呼吸の合間に言葉を紡ぐ。綱重の額からは滝のように汗が流れていた。
 天井――今はもう、そう呼べる状態ではないが――に大きく開いた穴から一つ上の階層に上がり、エレベーターの扉を角で突き破る。かごは今、下の方にあるらしい。利用する人間は一人も居ないから上がってくることはない。
 二人の人間を乗せているとは思えないスピードでルドルフは進んだ。エレベーターの最上部に突き当たると、そのまま出口へと体を向ける。風の流れを読めば、どちらに出口があるか迷うことはなかった。
 ハッチが開いているのを見て、綱重の目が輝く。もう少しで地上に出られる!
「よし、ツっ君たちと合流しよう!」
「――ふうん。案内してくれるってわけか。こいつは有難いぜ」
「……!?」
 いつの間にかザクロがすぐ後ろにまで迫っていた。しかも、そんな気はしていたが、まったくダメージを受けていない。
「ルドルフ! 振り切るぞ!」
 スクアーロの体が落ちないよう押さえながら相棒に指示を飛ばす。
 振り切れないことはわかっていた。
 でも、それでいい。
 最後まで追いつかれなければいいのだ。引きつけて引きつけて、そして。

 自動的にか、ツナたちが逃げるときにそうしたのかはわからないが、区間毎に降ろされたシャッターが衝撃を吸収してくれたらしい。お蔭で、アジト自体が受けた被害は少ないようだ。ザクロと対峙したフロアの一つ下の階層ですら、三分の一は元の形を保っていた。煙が外へ流れているので、換気システムもきちんと動作している。急いで地上に上がるよりは、寧ろ更に地下へ潜るべきだと綱重は考えた。
 精巧な幻覚は数分しか持ってくれない。だが、あのスピードなら数分でも十分だ。幻の綱重たちが消える頃、ザクロはここから数キロ離れた位置にいるはずだ。ここにユニが居ないことはザクロも知っているので戻っては来ない。彼は、騙された憤りよりもユニを捕獲することを優先する。彼だけでなく真6弔花全員がそうするのだろう。幻騎士の比ではないほど白蘭に心酔している彼らならば。
「動けるか? 手当てが出来る場所に移動しよう」
「ッ、ざけんなぁ……! んな暇あるか、今あの野郎を逃がすわけには、」
「スクアーロ」
 血の気の失った顔をしながらも眼差しは強いままだ。闘志を宿したままのスクアーロの目を覗きこんで、諭すように言葉を紡ぐ。
「お前の技は全て見切られていた」
 綱重に言われるまでもなく、スクアーロもそのことに気がついていた。
 白蘭の能力によるものだろう。スクアーロの……いや、過去から連れて来られた少年たちを除けば、こちら側の全ての者の技と攻略法を把握しているに違いない。
「少なくとも手当てをしなきゃあ、あいつを追いかけられないぞ。僕がさせない」
 壁に備え付けられているパネルを見つけて、触れてみる。ここも壊れていない。指紋認証はあったが、綱重の指紋は登録されていたので――十年後の自分のものだろう――まずは施設のマップを呼び出して、現在地を確認する。
 画面に映し出されたアジトは、酷くいびつな形状をしていた。被害を最小限に留められたのは、この全体像のお蔭もあったらしい。
 少し進めばエレベーターがあるようだが、機能しているだろうか。通路や階段を使う方が無難かもしれない。
 地下十三階に医療室の文字がある。だが流石に深すぎるし、本格的な医療器具を使いこなす自信もなかった。
「十、九……八階」
 トレーニングルーム。そこならば、恐らく、医療キットが常備されているはずだ。
 肩を貸す形でスクアーロの体を支えた。
 ザクロの後を追うことは断念したらしく、大人しく体を預けてくれたが、彼の顔には依然として不満がありありと浮かんでいた。綱重に向ける声もとげとげしい。
「お前、最初から逃げる気ゼロだったなぁ……クソッ、堂々と嘘つきやがって……」
「すぐに“ごめん”って謝ったじゃないか」
「……ッ、う゛お゛ぉい……!」
 あの場面で、そんな意味の謝罪だなんて誰が思うだろう。日本に来たことや、その後の態度、スクアーロ一人に敵を任せて逃げることなど、綱重が謝るべき事柄はたくさんあった。何に対する謝罪かまでは言っていなかったが、そのうちのどれか、もしくは全てを含めた謝罪だと思うのが当然だ。
 いじらしいくらいの殊勝な顔にまんまと騙された。鋭い舌打ちが響く。
 綱重は笑って返そうとしたが、スクアーロの腕から流れ出る血の多さに気づいて、唇を引き締めた。
 腰からベルトを引き抜き、腕の止血点を圧迫する。
 ――行こう。
 そう、目だけで合図した。


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