33

 綱重が降りてすぐに船は爆発した。
 ルドルフが覆いかぶさるようにして衝撃から守ってくれたため、綱重は無事だった。耳鳴りはするが動けないほどじゃない。
 だが船の中で拘束されていた――綱重の指示により彼ら自身が施したものだ――乗組員たちは違う。逃れられるはずがなかった。実際、振り返った先、船は大部分が欠け、残りも沈むが早いか燃えるのが早いか。立ちのぼる真っ黒な煙から飛び出してくる人影は一つも見当たらなかった。
 白蘭の言葉が頭の中で繰り返される。“ちゃんと皆殺しにしなくっちゃ”と。
 奥歯がギリギリと音を立てた。二度、地面を強く叩いた。それでもまだ気持ちは治まらない。あと数十秒、下船するのが遅ければ綱重の体も木っ端微塵だったはず。蹲った姿勢のまま叫び出したい衝動を抑える。
 服の袖を引かれなければ、そのままいつまでも蹲っていたかもしれない。
 控えめな様子で袖を咥えている相棒の姿に少しだけ頭が冷えた。
「わかってる。行こう」
 早くこの場から離れなければ。煙がこちらに流れてきている。
 時間もなかった。今日の十二時までに並盛神社に行かなければならないのだ。間に合うだろうか。
 このままでは終われない。あの男の鼻っ柱をへし折らなければ気が済まない。

×

 木ばかりだった進行方向に、徐々に町並みが見えてくる。十年後の並盛町だ。この辺りでそろそろ降りるかと――空飛ぶトナカイは目立ち過ぎる――地上を見下ろした綱重の目に銀色が留まった。そこに居るのは銀髪の彼だけで、彼が日本に来た理由である雨の守護者の姿はどこにも見えない。先に向かわせたのだろうか。
「ルドルフ、戻ってくれ」
 気配を察した彼、スクアーロが振り返る。
「綱重!?」
 信じられないといった様子でスクアーロは大きく目を見開き、驚きの声を上げた。
「何でここに居るんだぁ!?」
 耳をつんざくような大声だが綱重にとっては慣れたもので一々耳を塞ぐこともない。地面に降り立った綱重は淡々と言葉を紡ぐ。
「スクアーロ、お前も並盛神社に向かうんだろう」
「う゛お゛ぉい! なんだその格好は! いや、それよりもまず、ここまで一人で来たのかぁ!? クソボスはどうし、」
「お前が行かなくても僕は行くぞ」
「う゛お゛ぉいっ!!」
 会話になっていない会話を一方的に打ち切り、綱重は走り出した。
 迷う心配はなかった。前方の空に、先程までは見当たらなかった暗雲が垂れ込めている。不自然なほど限定的な範囲を覆い隠す雲。それだけでも、あの下に並盛神社があることは間違いないと感じていたが、更に雲の中から大きな顔が現れては疑いを差し挟む余地はない。
 後ろをついてきていたスクアーロも、暗雲に、そしてそこから覗く巨大な顔に気が付いたらしい。それまで忙しなく「話はまだ終わってねえぞぉッ!」などと叫んでいた口を閉じ、足を速めて綱重の横に並ぶ。綱重も更に走る速度を上げた。スクアーロを引き離す為ではない。その証拠に、険しい眼差しは雲間から下がる男の顔だけを睨みつけている。
 忘れもしない。十年後の世界で綱重が初めて見たのは、あの男の顔だった。
「白蘭……!」
 憎しみのこもった呟きに、隣を行くスクアーロが眉を顰めたことにも綱重は気がつかなかった。
 そのまま走ること数分。民家の塀や屋根を乗り越えて、最短ルートを取った二人はほぼ同時に神社に辿り着いた。しかし長い階段を登った先に組み上げられていた、大きな(上空に浮かぶ顔ほどではないが)装置の中に転がり込んだのは、綱重の方が先である。
 船で受けた通信で、白蘭から“チョイス”というゲームについての説明はされていた。恐らくこれが弟側の基地ユニットになるのだろう。この中にじっと隠れていて、隙を見て奇襲をかける――あまりに大雑把だが今の段階でこれ以上の作戦を立てるのは無理だ。
「う゛お゛ぉい、」
「静かにしろ。追い出されたいのか?」
 小声ながら毅然と突き放す綱重にスクアーロはまだ何か言いかけたが、
「声が漏れるようなちゃちな構造じゃあねえが、気配を消した方がいいのは確かだぞ」
 先客の赤ん坊に諭されて、招かれざる客としては黙らざるを得ない。
 ――その努力も、まったくの徒労であったのだけれど。
 白蘭、そして真6弔花の目は誤魔化せなかった。
 全ての選択が終わり、いよいよゲームが始まるというときになってからようやく綱重たちの存在を指摘する嫌みさは、綱重の神経を逆撫でする。
 苛立ちも露わに基地ユニットを覆うシートを乱暴に捲り、外へ一歩踏み出した。
「兄さん!?」
「スクアーロ!」
 基地ユニットから現れた綱重とスクアーロにツナたちは驚いたが、二人が揉めはじめたことに更に驚愕した。
「落ち着けぇ!」
「っ、離せ!」
 綱重が外に出るや否や開匣するつもりであるとスクアーロは気づいており、綱重が匣を構えるよりも早く彼の腕を押さえ込んでいた。
「どうして兄さんがッ」
「そうだぁ! 何でここにいる!? クソボスはどうしたんだぁ!」
 ツナが零した言葉を引き継ぐ形で、先ほどから何度も繰り返している問いを綱重にぶつけるスクアーロ。無論、体を抑えつける手は緩めない。
「ザンザスは関係ない!」
「はああ!? ざけんなぁ! お前はあいつの、」
「何だよ!」
 怒りのこもった瞳がスクアーロを鋭く睨みあげる。それに怯んだわけではないだろうが、僅かに力の抜けた手を綱重は機会を逃すことなく振り払った。
「僕はザンザスの部下じゃあない! 行動の制限をされる謂れはないんだ! ……大体、お前の方こそザンザスの側にいるべきだろうっ」
 そう食ってかかってみせる綱重の肩を、事態を見兼ねたらしいディーノが叩く。クールダウンを促すそれも今の綱重には通じず、案の定振り払われる。しかし、その隙に今度はスクアーロが動いた。綱重から匣を奪い取ったのだ。柊の装飾がされた匣兵器を。
「――返せ!」
「オレはお前の部下じゃあないんだぜぇ」
 だから命令を聞く謂れはないのだと、銀髪の剣士は綱重の腕をもう一度掴んだ。
「お前らしくもねえ」
 彼にしては珍しく抑えた声量である。優しく労わるような声音は、険しさしか存在しなかった琥珀色の瞳にかすかな揺らぎを与える。
 スクアーロの指が頬に触れた。ピリッと痛みが走り、怪我していることに気がつく。まだ新しい傷だ。恐らく船が爆破されたときについたのだろう。
「何があったんだ?」
 ディーノも心配そうに綱重の顔を覗き込む。
 十年前の世界では、ディーノと居るときに互いの年の差を感じたことは一度もなかった。年の離れた弟に話しかけるような――昔、泣きじゃくる幼い弟に対し同じように話しかけていたことを綱重は思い出した――こんな声は聞いたことがない。
 綱重が口を開きかけたそのとき、笑い混じりの声が割って入った。
「答えは簡単さ。ザンザスくんの傍から離れてでも、この僕に会いたかったってことでしょう」
 綱重の視線が、己を囲む青年たちから外れ、声の主に向かう。再び鋭さの戻った眼差しに睨まれても、白蘭は、くすぐったそうに笑うだけだ。
「時間通りに辿り着いたご褒美に、僕らが今着ている戦闘服をあげようか。その下級ランク用の隊服もよく似合っているけどボンゴレの10代目候補が着るには相応しくないもんね」
「にゅにゅっ! これはブルーベルたち専用でしょ!」
 ブルーベルの可愛らしい抗議の声に銃声が重なった。
「きゃー!」
 京子とハルが身を寄せ合って悲鳴を上げる。
「可愛い女の子たちが怯えてるよ」
 投げ捨てられたミルフィオーレの真っ白な隊服が、橙色の炎を纏いながらひらひらと舞い落ちる。地につく頃にはすっかり燃えつきて、灰になっていた。
 銃を握り締めたまま綱重は微動だにせず、京子たちの方に視線を向けることすらしない。
 白蘭の笑みがまた一段と深くなる。
「チョイスの参戦メンバーはすでに決まったんだ。折角来てくれたのに残念だけど、大人しく観覧席でじっとしていてくれるかな」
「何故お前のくだらないゲームに付き合う必要がある」
「そこの彼女たちを巻き込んでもいいのかい?」
 変わらず白蘭を見据えたまま答えた。
「僕には関係ない」
「なっ」
 冷酷な兄の言葉に、ツナは絶句するしかない。その隣で獄寺は「てめえっ!」と声を荒らげる。
「あははっ! いいね。うん、随分と僕の知っているキミらしくなってきたじゃあないか」
 声を上げて笑った後、白蘭はスッと笑みを消した。
「でもゲームには付き合ってもらわなきゃ困る」
「……逃げるのかっ!」
「うん。早く始めないと正チャンのマーカーが勝手に消えて不戦勝になっちゃうからね。そんなのつまらないだろ。保護者さんたち、綱重クンの面倒よろしく」
 去っていく背中を追おうとするが、やはりスクアーロが綱重を捕まえて離さなかった。


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