入っています

 浴槽に張られた湯は、普段だったらぬるすぎると眉を顰めるところだ。けれどもセックスの後、二人でゆっくり浸かるには至極適していると言えよう。
 後ろから抱きかかえられるようにして、ザンザスの足の間に収まっている青年は――ちなみに折り重なって入浴しているのは、別にバスタブが狭いわけではない。その逆で、お熱い恋人同士には広すぎただけだ――満足げに目を細めた。
 背中に感じる温もりが嬉しかった。
 僅かに身動げば、疼くような痛みが、腰に、それから歯形の残る首筋にピリリと走る。そんな、激しく情を交わした名残の一つ一つが愛おしくて堪らない。
「お腹減っただろ」
 首だけで後ろを振り返り、尋ねる。
 久々の逢瀬だった。食事をとることも忘れ、何時間もお互いを貪りあった。一つの欲が満たされた今、次にザンザスが欲するのは己の腹を満たすことだろう。
 ザンザスは空腹になると不機嫌になる。彼とは子供の頃からの付き合いである青年が先手を打つのは当然だった。
「なに食べたい?」
 深夜に起こされることになるシェフは辛いだろうが、ザンザスに尽くせるのだから文句はないはずだ。これほど光栄な仕事はない――青年は、割りと真剣にそう思っている。
「てめえを食らいたい」
 ガブリと肩口に歯を立てられて、声をあげて笑った。
「申し訳ございません。そちらは品切れとなっております」
 すでに、いやと言うほど食べ尽くしてもらえた。アンダーヘアの生え際を悪戯になぞられても、少々くすぐったいと感じるだけだ。
 ザンザスの方も本気で言っているわけではないらしい。今まさに腹から胸にかけてを撫でまわされているが、そこに性的なものは含まれていない。子猫か何かを愛でるような、そんな手付きだ。
 ひどく気持ちがいい。
 完全に力の抜けきった体を後ろに預け、息を吐く。勝手に瞼が下りてきて再び開こうにも開けない。
 一緒に食事をとるのは難しそうだなと思う。ザンザスとは違って、今、青年が欲しているのは何よりも睡眠だった。
 襲いくる睡魔に抵抗すべく、湯の中で右手を動かす。しなやかな筋肉を辿るように、人差し指と中指で、ザンザスの大腿部を撫でる。
「おい」
「……ん?」
「くすぐってぇ」
 やめるよう言外に告げてくる声に小さく笑みを漏らしながら言葉を返す。
「もっと、おまえに、さわりたいんだ」
 甘ったるい声音を聞いて、ザンザスは、青年がすでに半分夢の中にいることに気が付いたようだ。
 こめかみに優しくキスが落とされる。
 このまま寝てしまえと言いたいのだろう。確かに恋人が入浴中に眠ってしまっても、ザンザスの逞しい腕ならば軽々とベッドまで運べるはずだ。
「ねないよ」
「眠いんだろ」
「でも、ねないの」
 瞼の向こうでザンザスが眉を寄せるのがわかった。
 困らせたいわけじゃない。この満たされた時間を出来るだけ長く味わっていたいのだと伝えたかったけれど、口も、頭も、上手く動かなかった。
「……すき……」
 それでも想いを伝えたくて必死に紡いだ拙い言葉をザンザスはちゃんと受け取ってくれた。
 降りてきた柔らかな唇を味わいながら、青年の意識は蕩けるように眠りに落ちていく。


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