入りましょう

 急な雷雨に見舞われて、少年たちは濡れ鼠と化していた。
 ボンゴレファミリーの大切な10代目候補たちに風邪をひかせるわけにはいかない。屋敷で働くメイドが総出で、二人をバスルームに押し込んだ。

 不機嫌な顔のザンザスが体を洗っている。それを、どこかワクワクした様子で湯船の中から見守るのは、もう一人の少年だ。
 ザンザスがシャワーで泡を洗い流す頃、湯に浸かる少年の体はすでに桃色に染まっていた。かけ湯をして、風呂に飛び込み、それからずっと湯に浸かったままだったのだ。
 ――バルブが捻られ、水音が止む。
 ついに待ち望んだときがきたのだ。
 しかし、ザンザスはくるりと少年に背を向けて出ていこうとする。
「えっ」
 驚愕の声が浴室内に大きく響き渡った。
「お風呂入らないの? 一緒に入ろうよ、僕とザンザスが一緒に入っても大丈夫だよ! だってこんなに広いんだもの!」
 慌ててザンザスを引き留める声が、のぼせる一歩手前まで待っていたのに、と少々責めるように続ける。
 バスタブの隅の方に寄っていたのも、隣にもう一人入ってくることを想定していたからなのだ。
「お湯に浸かって温まらないと風邪ひいちゃうよ!」
 忠告もしてみるが、やはり無視。
 それでも諦めずに黙ったまま出ていこうとする後ろ姿へ「ザンザス?」「ザンザス!」「ザンザ〜ス!?」としつこく呼び掛ける。
「……ッ、るせぇ! テメーなんかと一緒にすんな! 俺は風邪なんかひか」
 ブシュー!
 振り返ったザンザスの顔面を湯水が急襲する。
「やったー!」
 バンザイするように掲げられた少年の右手には、オレンジ色の大きな水鉄砲が握られていた。
「いいでしょ、これ! いっぱい水が入るんだよ!」
「……」
「ちゃんとザンザスの分もあるからね!」
 右のそれと色も形も同じものを左手が掲げる。
「この間、父さんに買ってもらっ」
 両手に水鉄砲を握ったまま、少年は湯船に沈んだ。ザンザスの怒りの鉄拳が炸裂したのである。

×

「我が愛弟子は、しっかり食欲があるようだな」
 あの剣帝が手ずから剥いた林檎は、可愛らしいウサギの形になって皿に並んでいた。そのうちの一羽を頬張り、金髪の少年は頷いた。
「あんあうは」
「“ザンザスは?”」
「んぐ、ン……」
 口いっぱいに広がる甘酸っぱい林檎をしっかり飲み込んで。
「……喉が痛すぎて何も食べたくないんだって。声も枯れちゃってて全然喋れないんだよ」
「へえ」
 テュールは、弟子の背後へと視線を送った。
 シーツに沈んだ黒髪が少しだけ動いた気がした。漂う怒りの気配。しかしながらいつものように不遜な言葉が飛んでくることはない。本当に喉がやられてしまっているようだ。
「それにしても二人は仲が良いな。同時に風邪を引くなんて」
「お風呂で暴れすぎちゃったの。そうだ、ザンザスったら酷いんだよ。水鉄砲“で”殴ってくるんだもん! 水鉄砲はそんな風に使うんじゃないのに!」
「へええ、一緒に風呂に?」
 さも驚いたといった様子でテュールが声をあげる。
 そこに笑いが――それも馬鹿にしたような――混じっていると感じるのは被害妄想だろうか。ザンザスは歯を食い縛り、力を振り絞って、テュールに向かって枕を投げた。
「いたっ」
 子犬のような悲鳴が上がる。
「おや、可哀想に。まったく本当に酷いやつだ」
 被害妄想ではない。
 はっきりと、からかうような響きを持ってテュールが言った。
(酷いのはどっちだ! 二人とも今すぐ部屋から出ていけ!)
 怒鳴りたいけれど、喉から零れるのは、ゲホ、と苦し気な咳が一つ。
(治ったら……師弟まとめてかっ消してやる……)
 ザンザスは心に誓った。


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