9

「悪いがこういうものは受け取れない」
「そうですか」
 あっさりと――突き返されることを予想していたかのように――綱重は大金の詰まったジュラルミンケースを受け取った。
「もしも気分を害されたのだとしたら謝ります。僕はただ、あなたとより良い関係を築きたかった」
「不愉快だとは言っていない。お前の気持ちは有り難く受け取っておく」
 言葉通り、ディーノの声に嫌悪感は滲んでいなかった。意外だ。賄賂なんて、この男が最も嫌うであろう部類の手段なのに。
「――失礼します」
 使用人の手によってテーブルに並べられる皿。一緒に食事を、というのは名目だけではなかったらしい。
 キャバッローネの縄張りは年々拡がりを見せているが、港に面したこの街は先代から受け継いだのだという。
「魚介が新鮮ですね」
「みんな、今朝この港でとれたものだぜ」
「とても美味しいです」
「地元で食うならこういう料理が一番だよな! ほっとするっていうか」
「ええ。このような場ではあまり見ない料理ばかりで少し驚きましたが、味はとても良いし、それに何だか懐かしい気分にさせてくれますね」
「あー、別にお前を侮ってるってわけじゃないんだぞ? 腕が良いっつうんで新しく雇ったシェフにまるっと任せたら」
「わかっています。全て僕好みの味付けですから」
 ぴしゃりと撥ね付けるような声音。
 途端に二人の間の空気が変わったのがわかる。
 先に切り出したのは綱重だった。
「主人を簡単に売る男です」
「知ってる。馬鹿正直に自分がしたことを全部話しやがったからな」
 でも、とディーノ。
「暗殺に失敗し、あちこちから命を狙われ、金すらも手に入らない、そんなどうしようもない状況のなかで、金を持ち逃げすることなく仕事を全うした義理堅い男でもある」
「……」
「なあ、オレが匿わなきゃどうしてた?」
「別にどうもしません。僕を毒殺しようとした男が金を持ち逃げして殺されようが、あなたに嘘を言って取り入ろうが、取り入るのに失敗して結局命を落とそうが……何にせよ、全ては本人の行い次第、因果応報ですよ」
「お前は、この結果を確信していたんだろう?」
 少しの沈黙。
「あなたの噂は聞いていましたから」
「噂を鵜呑みにすんのか?」
「いいえ。先日のパーティーで顔を合わせたとき、噂通り、信頼に足る方だと思ったまでです」
「こいつなら娘の治療費も出すだろうって?」
「キャバッローネの資産を考えたら大した出費ではないだろうな、とは思いました」
 また沈黙。
「……、くく……っ」
 ノイズと間違えそうなそれは、次の瞬間、明白な笑い声へと変わった。
「あはははは! まったく、流石は家光さんの子供だな!」
 ディーノはひとしきり笑いの波に襲われたあと、それまでの緊張がとけたのか深く息を吐いた。
「……言っておくが、お前が思っているほどの影響力はオレにはない」
「そうは思いません。ボンゴレ9代目はあなたを高く買っている。それから、門外顧問も」
「ボンゴレの後継問題はボンゴレの中だけで解決される。外から口を出すこと自体、不可能だ。……ま、気に入った候補者の応援ぐらいはさせてもらうがな」
「光栄です、ドン・キャバッローネ」
 声が弾んでいた。本物の感情が乗った声だとわかる。
「ディーノでいい。敬語もやめてくれ。オレはお前と友人になりたいんだ」
「では、ディーノ。これからよろしく頼む」
 固く握手を交わす二人が見えた気がした。

「――これが狙いだったのね」
 助手席に座るルッスーリアが感心したように呟いた。運転席のスクアーロは、手の中の受信機を握り潰さないよう堪えるのに必死で、何も言葉が出てこない。
 よく考えればわかったことだ。
 あのとき、綱重はやけに落ち着いていたし、運び屋もあまりにいいタイミングで現れた。初めからブルーノに金を運ばせるつもりだったとしか思えない。もしかしたらブルーノが毒を盛ることを知っていて、その時をずっと待っていたのかもしれない。いっそブルーノに暗殺を命じたのは綱重自身であっても驚きはしなかった。
 今回のことで綱重が得たものは大きい。
 己に害をなす存在をあぶり出した上、ディーノからの信頼を得たのだ。
 単なる馬鹿だと思っていた。裏切り者に温情をかけるなんてとち狂った行動は、世間知らずのお坊っちゃんだと考えれば納得がいったから。……そうであればいいと、ボンゴレ10代目に相応しくない子供であれと、願っていた。
『――それは?』
 ディーノの問いかけに重なるようにして雑音が響く。不審に思うより先に、クリアに戻った盗聴電波が綱重の声を届けた。
『うちの部下も酷い心配性で』
 苦笑混じりの言葉はディーノに向けてのものだ。
 次の言葉は、今までになく大きい音量で――恐らく、きっと、いや確実に、つまみ上げた盗聴器を口元に近付けて話している――スクアーロたちに向けて。
『これまでは心配かける僕が悪いと我慢してきたが、お聞きの通り、心強い友人ができた。もう安心してほしい』
 心配して盗聴器を仕掛けたわけじゃない。綱重だってわかっているはずだ。
 あんぐりと口を開けていると、――ブツリッ!
 音が不自然に途切れた。
 何が起きたのかわからず呆然とすること三秒、ザーザーとしか言わなくなった受信機を見下ろすこと二秒。合計五秒を要したのち、我に返ったスクアーロの中で吹き荒れるのは怒りの感情だ。
「あのガキィッ! 壊しやがって、いくらすると思ってんだぁ!」
「私が“見つかって壊されるかもよ”って言ったら、構わないって言ってたくせに」
「うるせえ!」
「認めなさい。私たちの負けよ」
「……今回はな!」
 そして、綱重に“あの男”が負けたわけでもない。
 ボンゴレの10代目になるのは綱重ではない。絶対に。
 スクアーロの奥歯が音を立てる。
 悔しいが、綱重に対しての認識を改めなければならないのは確かだった。


prev top next

[bookmark]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -